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オムライスと探し人

 カラン、カランと、本日一番乗りのお客様が来たことを知らせるドアベルが鳴る。


「おはようございます。金の林檎亭へようこそ」


 王都アルタジアから馬車で三時間ほどの距離にあるイシスという街の少し外れに、四人がけのテーブル三つ、カウンターが四席、ログハウス風の外観で入り口に金の林檎の看板が目印のご飯処、金の林檎亭がある。


「アイオライト、おはよう」


 誰もいないのにわざわざカウンター席に、金髪に瑠璃色の瞳の美丈夫な青年が座った。

 その青年は半年ほど前からとある調査のため、週に数回王都からこの街にきていた。調査の対象であったこの店の料理を気に入り、今や立派な常連客である。


「おはようございます、今日はラウルさんの好きなオムライスがA定食ですよ」


「お、じゃぁA定食をお願いするよ」


 わかりました! と元気よく返事をしてアイオライトはすぐに厨房に引っ込んだ。


 アイオライトは紺青色の髪に、瞳はこの世界では珍しい黄金色、やけに整った綺麗な顔立ちで、外見だけ見ればどこぞの貴族かと思うが、生まれた時から立派な庶民である。


 店の制服と思われる変わった青い色の上下つなぎの服に、生成色のハーフエプロンで店に立つ。そのエプロンの左下には握り拳ほどの大きさで、店のトレードマークである金の林檎が刺繍されている。


 両親はこの金の林檎亭のオーナーで、名の知れた冒険者で、長くかかるクエスト依頼が多いためなかなか留守がちなようだ。故に経営には口出しはしないしアイオライトの好きにさせていると、ラウルがこの店に通い始めたころに、別の常連客に聞いた。


 まもなく成人となる年頃であるようだが、男子にしては小さい体で一人で切り盛りとは大変だな、とぼんやり考えていたら、本日の朝のA定食のオムライスが目の前に運ばれてきた。

 野菜のコンソメスープと小さいサラダもつく。


「この濃いトマトケチャップの味がクセになる美味さなんだよな。それから半熟卵との相性はもはや正義だ……」


「ちょっと大袈裟と言うか、なんというか……、でもそう言ってもらえると嬉しいです」


 アイオライトは前世では料理はあまり得意ではなかった。 

 母にちゃんと教わったのは、母の得意料理だったちらし寿司といなり寿司のみ。 

 実際一人暮らしも長かったので、一通りは出来はするが美味しく作れたかといえば、まぁ普通に作れる、程度だった。

 ちなみに今世の母に至っては、料理ができるのかすら怪しい。


 自分が食べたいものを作っているだけなのだが、来てくれる人達に美味しいと褒めてもらえるのはなんだか嬉しくて、心がくすぐったく感じてしまう。


「ありがとうございます。ごゆっくりお過ごしくださいね」


 カラン、カラン、とドアの鐘が鳴る。


「いらっしゃいませ。」


 では、ごゆっくりお寛ぎください、と一言、アイオライトはにっこり笑ってラウルのそばを離れ、新しく来た客のオーダーに向かった。



—————————


 アイオライトの前世の名前は木島蒼。


 日本人として数十年生き、子供を助けようとして交通事故で命を落とした。


 自分の葬式の時に、友人達が言っていた約束の場所は分からないが、自分が生まれ育った街に店を構えた。

 意識が途切れる前に感じた色や香りが金の林檎を想像させたので、お店の名前にして、店内の作りはよく集まっていた喫茶店の内装を参考にした。

 

 食事処のメニューの中にこっそり学食で人気のあった謎定食を出してみたり、わかりにくくも知っている人にしかわからない、地味なアピールをかかさない。


 さらに自分だとわかるかは微妙だが、この世界では珍しい服で、前世で憧れていた宇宙飛行士の青い服(ブルースーツ)を模した服を着て、変わった服を着ているヤツがいる感も醸し出す事も忘れない。


 自分がこの世界に生まれて十七年。

 出会いの季節は春が相場と決まってると思うんだけどさ、この世界の春が短いからそろそろ夏が来てしまう。


 そろそろ運命の神様も本腰入れて全力でその力を奮ってもらい、みんなとまた会わせて欲しい。


 箸が転がっても笑えたあの頃のような日々が、再び来るように祈りながら、毎日を過ごしている。


—————————


 アイオライトがそんなことを考えているとは露とも知らず、ラウルは運ばれていたオムライスの半熟卵に丁寧にスプーンを入れる。 


 オムライスは何度も食べだが、左右に広げたオムレツの黄色の輝きに、いつも変わらず期待値が跳ね上がる。


 半熟卵のオムライスと赤いケチャップライスとの対比はもはや芸術といってもいい、とゆっくりスプーンを口に運びながらラウルは週末の報告のことを考えていた。


 今週も《錬金術を使うものはみつからなかった》と報告しに王都に戻らねばならない。


 そろそろ調査を始めて半年だが、なかなか該当の人物が見つからないのだ。


 秘密裏に国王の元にもたらされた情報によれば、この街に錬金の光を持つ女性がいるらしい。

 あくまで不確かな情報だし、この目で錬金術や、錬金の光を見たことがないので、実際出会ってもそれと分かるかが不安である。


 アルタジアでははるか昔、魔法と同様に錬金術も盛んであったが、魔法の急激な発達と共にその手法が失われたとされ、錬金術に似た錬金の光の魔法も、その頃になくなったとされている。

 

 錬金術自体が失われた叡智であり、錬金の光に至っては神の御業である。


 しかし、ラウルはどうしてもこの錬金を使うとされる人物を探し出し、神の御業を持ってなさねばならぬことがある。


 そこまで考え、考えねばならぬのだが……、口の中にある大好きなオムライスがそれを許してはくれなかった。


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