深夜の金の林檎亭にて
「本当にもう、気にしなくていいし」
「いえ! 自分、野営地で寝てしまった上、ラウルさんにずっと抱えてもらっていたなんて、どうお詫びをしたらいいのか……」
ラウルは、ちらりと自分を見上げるアイオライトのしぐさが可愛いな、と思うが、ぐっと口をつぐむ。
事の始まりは一時間ほど前。
ラウルは野営地から眠ってしまったアイオライトを抱え金の林檎亭に到着。ベッドに寝かせて帰ろうとしたがシャツを離してもらえず、役得とばかり横抱きしたままソファに座っていたところ、見知らぬ三人組の女性が部屋に乱入。
さらにリチャードが入ってきて、薄藤色の髪の女性が鼻血を出して倒れてた。
その騒ぎでアイオライトがラウルの腕の中で身じろぎしたので起きるのかと思いきや、うっすら開けたその黄金の瞳にラウルを映し、
「おはよ。父さん」
とラウルに頬を寄せ、くたりと肩に頭を乗せてまた寝てしまった。
首筋に感じるアイオライトの寝息と体温に、そわっとして体勢を変えると、目の前のリチャードが憐れむような顔でラウルを見ていた。
「ラウル、まぁ、そのなんだ、ちょっと残念だったな……」
「……」
寝ぼけていたって、俺にしがみついていてくれたことは間違いじゃないんだから、残念なんかじゃないと自分自身に言い聞かせる。
むずがる子供が親に甘えるように、一向に離れないアイオライトに嬉しさを感じつつ、背中にそっと手を回して落ちないように優しく大事に支える。
まだ夜明け前。朝まではまだもう少し。
振り返ると、見目麗しい三人の女性と、自分の側近リチャードが、さらにラウルに憐れみの顔を向けていた。
「無念、だね!」
いつの間にか、薄藤色の髪の女性が少しだけ身体を起こしこちらを見ながらラウルにとどめの一撃を刺したあと、また気を失った。
「残念なんかじゃないけどっ」
精一杯の強がりを見せるラウル。ただ、アイオライトを抱く手だけは優しい。
一方アイオライトは、父親に抱っこされているような心地よい安心感に包まれていたが、周りが騒がしくてそろそろ目を覚まそうとしていた。
うっすらと目を開けると、いつもよりかなり視線が高い。
そっと横を見ると、アイオライトの最推し、ラウルの麗しい笑顔が真横に見えた。
「あ、の、ぅ……」
「起きた? アイオライト」
ラウルの少し低い声が、自分の身体にも響く。
その時初めて身体がかなり密着していることに気がついて、気を失いそうになる。
「じ、じ、じ、自分、ラウルさんになにを……。とんだ失礼を。降ります。すみません」
アイオライトは顔を真っ赤にながらも、流れるように見事な土下座を繰り出した。
ラウルも何かを思い出したのか耳まで真っ赤である。
「本当にもう、気にしなくていいし」
「いえ、自分、野営地で寝てしまった上、ラウルさんにずっと抱えてもらっていたなんて、どうお詫びをしたらいいのか……」
「いいんだよ。俺が、その、す、す、好きでやったことだし、気にしないで」
ラウルは、ちらりと自分を見上げるアイオライトのしぐさが可愛いな、と思うが、ぐっと口をつぐむ。
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その後、ようやく謝罪大会が終わり、恥ずかしさも突き抜けると思考が冷静になるようで、アイオライトはようやく目の前にいる二人に気がついた。
「亜希子、カリンちゃん!」
「ようやく気がついてくれたのね。お久しぶり! それに私は亜希子じゃないわ。レノワールよ。ほらね、会ってなくても一発でわかっちゃうのよね!」
「アオ~。会いたかったよ~」
「カリンちゃん~。ん? あれはリコ?」
「えぇ、リコよ。銀髪インテリ眼鏡のあの人見て、鼻血出して倒れて、今そこで横になってる」
「あぁ……」
リチャード自ら、その鼻血を出して倒れたリコを介抱してくれていたようだ。
「すみません。リチャードさん。その、リコは前にちょっと話をしていた友人でして、多分突然理想のタイプが目の前に現れて、びっくりしたんだと思うんです……」
「女性に鼻血を出しながら倒れられる、と言うのは、まぁ、人生でなかなか出来ない体験ですね」
「えっと、申し訳ないのですが、また倒れると困るので、リコが起きたら眼鏡を外して話しかけてください」
変な性癖を暴露しているようだが、眼鏡を外していれば、少しぐらいは普通になるはずだと思いたい。
頭も心もより冷静になってきて、アイオライトはようやく昨日のことも思い出してきた。
野営からお暇の挨拶もせずに、ラウルに抱えられて帰ってきてしまったのであれば、こちらも大変失礼なことではないかと心配になる。
「あの、ご両親は……」
「いや、可愛い寝顔だねって二人でアイオライトを見てたし、怒ってないよ」
「かわ、かわ……うぅ、怒っていないのであればよかった、です」
昨日の夜のことは、マシュマロを焼いてしばらくした頃から記憶があまりない。
「ラウルが飲んでいたワインを少し飲んでしまったようで、私もしっかり見ておらず申し訳ありませんでした」
「いえ、リチャードさんが誤ることでは……。自分間違ってお酒飲んじゃったんですね。どうも葡萄ジュースにしては渋いと思いました」
どうやらアルコールが強いわけではないようだ。成人してからお酒を飲むときには様子を見て少しずつ飲むことにしようと心に誓う。
それから何故三人がここにいるのか。
自分がこの街にいるアピールはしていたつもりだが、大々的に世間に知れ渡るものではないとも思っていた。
寧ろよく見つけてくれたと言うべきか。
「うん、私はこの街にアオがいるのを知って、虹の花束で服を作ってびっくりさせようとしたんだけれどちょっと訳あって一旦ベルツァに向かったら、その二人と偶然会えたの」
「私たちは旅人の噂で、ナポリタンとか唐揚げとかっていうネーミングの食べ物を作る店がイシスにあるって聞いたから、来てみたのよ」
レノワールは隣のオーリエ王国の出身、カリンとリコは海を渡って、ジーラン国から来たという。
「あの、レノワール嬢はもしやレノワール・フルワさんですか?」
リチャードがレノワールの名を聞いてフルネームを聞いてきた。
「えぇ、私はレノワール・フルワ」
「オーリエで新進気鋭のデザイナー……ご本人でしょうか」
「そうよ。まぁ、自分の好きなものを作っているだけだけど」
「あの服やりすぎじゃない? いや、かっこいいし可愛かったけど」
「でしょう? 自信作よ。アオに絶対に会うと思って、虹の花束のアーニャに作らせたから」
確かに似合っていた、と深くうなずくラウルだが、その時のことを思い出したのか、頬を赤らめている。
リチャードはそんなラウルを目の端で見ながら、そうですか、とレノワールに声をかけて、そちらのお二人は? とカリンとリコに視線を向ける。
ただしリコはまだ気を失ったままだが。
「私はカリン、こっちで寝てるのはリコ。仕事でちょっと色々あって国を出てきたの。アオを探したかったしちょうどよかったのよ」
「何か訳あり、ですか」
「まぁね」
リチャードは馬のいない馬車の持ち主にも、新進気鋭の洋服デザイナーにも興味津々だ。
「しかし、何故他国の君達が、アイオライトと友達とはどう言う事なのだろうか」
もっともな疑問をラウルが投げかける。
「えっと……」
これは説明が難しい。
アルタジアの民としてイシスに生まれて十七年。転生してから、そんな異世界転生やら前世なんて概念がこの国にあるなんて聞いたこともない。
「この国にはないの? 生まれる前の雲の上の話」
レノワールの生まれた国、オーリエでは生まれる前には雲の上にいて生まれるのを待っている、と言う民話があると言う。
アイオライトも前世でそんな話を聞いたような気がするが、この世界にもあったとは驚きだ。
この世界もやはり広い。
「その話はアルタジアでは聞かないが、母上が俺が幼い頃よく話してくれた話だな」
「そうですね、カーネリア様はオーリエ王国のご出身ですから」
「そう、雲の上の世界で私たちは何十年も一緒に過ごしたわ。同じ世界に生まれたなら必ずアオの所に集まる約束をしてね」
なんともうまい言い訳だが、アルタジアでは一般的ではないので信じてくれるかは微妙だ。
「現に私達、お互い知らない国に生まれて、雲の上の記憶だけを頼りにお互いを探して、一度も会ったことがないはずなのにすぐにお互いがわかったもの」
「そうね、私もリコと出会ったのはたまたまだったけど、見た目が全然違うのに、すぐお互いわかったし。アオもすぐわかったわ」
「自分も、みんな全然見た目が違うのにすぐわかったよ! いやまて、自分の設定みんなが決めたからすぐわかるじゃん!」
アイオライトの言う設定が何なのかわからないので一旦置いておくとして、レノワールの話す《生まれる前の雲の上の話》はオーリエ王国では有名な民話だ。
さらに、まるで昨日も会っていたかのように会話が進んでいくのは、かなり気の置けない仲間であることも確かなのだろう。
リチャードもラウルも、すべてを信じるつもりも無いが、うそを言っている様子でもないので今は詮索することをやめることにした。
「まぁ、友達だという事にしよう。アイオライトに害はなさそうだし」
「三人ともちょっと強烈なんですけれど、大丈夫です」
ラウルに三人は悪い人ではない、とアピールはする。
それぞれ、強烈な性格だが……。
「そう言えば、この金髪、寝てるアオの頭めっちゃ撫でててたけど、アオの何なの?」
「金髪じゃない、ラウルさんだよ。ラウルさんは友達!」
カリンがちらりと残念そうにラウルを見る。
ラウルも、友達ですけど、なにか? と強がりにも見える顔でカリンを見返す。
ふんふんとうなずきながらも、そっとアイオライトにカリンが寄って、ラウルとリチャードに聞こえないように耳打ちする。
「アオ、正統派王子好きだもんね……」
「そうなの! ラウルさんはめちゃくちゃ王子様でね、推しなの! それから本物の王子様なんだよ!」
こそこそとカリンとアイオライトが話していると、目線の先でリコがむくりと起き上がるのが見えた。
リチャードは眼鏡をすっと外してから水の入ったコップを手渡していた。
リコはごくごくと飲み干した後、おもむろにラウルを見て大きな声で言い放つ。
「アオ! 久しぶりだね。あのさ、この人さ、絶対アオのことす」
「わー!」
昨日の晩に出会ったばかりの人物にも分かるほど、自分の想いが溢れてしまっていたのかと驚愕しながら、ラウルは他人から自分の気持ちが伝わるのではないかと焦って、びっくりするほど大きな声が出てしまった。
それを特に気にするでもなく、リコはラウルをえぐり続ける。
「それにしても、アオもちょっとスキがあり過ぎかな? 男の人にあんなにべったり抱きついて」
「しょうがないじゃん。なんか父さんに抱っこされてるみたいだったんだもん……」
また四人がラウルを見る。
アイオライトは面目なさそうに下を向いているが。
……。
いや、だからさ、頼むから、四人とも憐れみの表情で俺を見ないでくれ。
まだ、誰も眠る気配はない。
深夜の会話はまだ続くようだ。




