画竜点睛
「なんて言えばいいと思う?」
「両親とこの店に食べに来たいから予約したい、とか?」
「家族を招待したい、とかかな」
王妃の病が急激に快方に向かった数日後、ラウルはフィンとロジャーを伴ってイシスの街の宿屋に戻っていた。
「父と母ですって言っちゃえばいいよ。案外国の王とか王妃の顔なんて知らないよ」
フィンの言葉に希望を見出す。
「けど、なんで王と王妃はあの店に行きたいなんて言い出したの?」
ロジャーの疑問ももっともだ。
「母上が元気になったら、是非皆で金の林檎亭で食事をしたいと話をしたことがあって、興味を持ってくれたんだと思うけど」
そうなのだ。
ラウルの父と母、このアルタジアの王と王妃が、王都から少し離れた一介の食事処に本当に足を運ぶと言うのだ。
現在はラウルの側近であるリチャードと、その父ギルベルクによって、すぐにでも視察日が決まりそうな勢いで日程を調整中である。
「宿泊場所はどうするつもりなんだろうか」
「そこは、ギルベルク様がなんとするんじゃないか?」
「しちゃうだろうね……」
本調子とは言えない王妃のために一泊するとは思うが、宿泊場所の選定は大変そうだ。
「でもさ、いずれみんなでご飯食べに来たいって言ってたなら、そんなに焦ることなくない?」
ロジャーにもっともなことを聞かれる。
ラウルは王子であるとわかったら、今までのようにただのラウルとしてアイオライトに見てもらえないのではないかと尻込みしているだけなのだ。
「アイオライトにさ、距離を取られたら、嫌だから……」
「アルタジア王国第三王子、次期騎士団長様がなんとも小さな事気にしてんなぁ……」
フィンが呆れたように呟く。
「小さい言うな! と、と、友達になる為には王子だって知られてない方がいいだろ!」
「あぁ……、まだそこだったよね。ねぇ、友達でいいの? その先は?」
ロジャーがニヤニヤしながら尋ねる。
さらにその隣でフィンも興味津々な顔で見ている。
ラウルがアイオライトに淡い気持ちを抱いていそうなことは見ていればわかるし、先日オーバーヒートして倒れたのはリチャードから聞いている。
「その先って……」
ラウルはアイオライトと友達になって、それからもっと仲良くなって……。その後どうしたいもなにも、それだけだ。
ただ出来ることなら、その頬に触れてみたいし、抱きしめてみたい……などとはほんのちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけ思ってもみないこともない。
コンコン。
「日取りが決まったぞ」
ノックがして、リチャードが部屋に入ってきた。
ラウルはそこまで急ぐことでもないのにと思いながらリチャードを見ると、調整がかなり大変だったのか、目の下にクマが見えた。
「早くない? いつになったの?」
ロジャーが興味津々でリチャードに聞く。
「まずは労ってもらいたいものだよ」
リチャードは疲れ果てた顔を隠そうとせず、部屋のソファーにどっかりと座る。
「じゃぁ、甘い飲み物でもどうぞ」
フィンが部屋に置いてあった果実水をリチャードに渡す。
「で? 視察日はいつになったんだ」
「半月後だ。半月後の火の日に視察。前日地の日の夕方から王と王妃はイシスに宿泊。その日の夜に金の林檎亭で食事予定だ」
「おい、待て。急すぎるし、そもそも金の林檎亭は地の日は午後休みだぞ?」
「調整したが、その先だと王の謁見の都合から半年以上先になってしまう。急だが日程については王も王妃も了承済みだ。なんとかアイオライトから承諾をもぎ取ってくれ」
「なんでそこだけ他人任せなんだよ!」
つい突っ込んでしまうが、リチャードもギルベルクも調整に力を使い果たしてしまったのだろう。
その疲れた顔を見るとラウルも嫌だとは言い切れない。
「まぁ、アイオライトにお願いしてみるか」
王が来ることが決定したなら、ダメだったではすまされない。
ただ、頼めばアイオライトは断らないであろうという打算がリチャードにはあった。
「じゃぁ、善は急げだね。お腹もすいたし金の林檎亭にいこうよ」
「そうだな。腹も減ったし、いくか」
金の林檎亭に向かい、四人でゆっくり街を歩く。
「この前ラウルが卒倒した時のアイオライトはどんな洋服だったの?」
「あ! それそれ! 僕も聞きたかったんだよね」
フィンとロジャーが聞いてきた。
「え? えっと、可愛い感じの服とカッコイイ感じの服かな」
ちょっと変わった感じの服でとても似合っていたことを二人に熱弁する。
「そんなに卒倒するほど可愛いかったんだね」
それだけではないのだが、ラウルは苦笑いで話を逸らす。
それを見てリチャードが声を殺して笑っているのが分かる。
「かなり可愛かったからね。ラウルが倒れるのも仕方なかったと思うよ」
何とも言えない助け舟ではあるが、卒倒した最大の理由を逸らすことが出来て良かった、と胸を撫で下ろしたところで店の前に着いた。
「いらっしゃいませ。金の林檎亭へようこそ!」
カランカランとドアベルが鳴って、アイオライトが入店した四人に声をかける。
「あ! 皆さんお揃いで。今日は焼きそばと餃子のセットと、ハンバーガーですよ」
「俺、ハンバーガーにする」
「焼きそばと餃子とはどういった食べものなんだい?」
ラウルは焼きそばと餃子をすでに食べたことがあったが、最近イシスに来るようになった三人にはなじみのない食べ物だ。
「スパイシーなタレで炒めた野菜と麺が焼きそばで、肉と野菜を小麦粉の皮で包んで焼いたものが餃子ですね。餃子はラガーによく合いますよ」
餃子にビールは最高の食べ物だ。この世界の人達にもわかってもらえるだろうとこの店を始めた頃から提供している定番メニューだ。
「では、私は焼きそばと餃子にしよう」
ロジャーはラウルと同じくハンバーガー、リチャードとフィンは焼きそばと餃子。フィンはラガーも頼む。
「あの、さ、あとでちょっと話があるんだけれどいいかな」
ラウルがちゃんと話を忘れないよう、アイオライトに断りを入れる。
「? いいですよ」
店内には二組の客がおり、すでに食事を終えていて、時間も時間なので、ラウル一行が今日の最後の客となりそうだ。
「うん。遅い時間にごめんね」
「いえいえ、大丈夫です」
「あ、お茶は俺やるよ」
「ありがとうございます」
そういって、コップを用意するためにラウルはアイオライトと厨房に向かう。
「なに、そんな仲になってんの?」
「この前ちょっとな」
こそこそとフィンがリチャードに話しかける。
「最近は、そばで見ていると面白いことばかりだよ」
「僕も面白い現場みたいよ~」
ロジャーは厨房をのぞこうとするが、普通に茶をもってラウルが出てきた。
なんだか知らないが、もの凄く見られている事だけは分かったので、
「なに?」
とラウルが聞いたが、ちぇっというロジャーのつまらなさそうな声だけが帰ってきた。
意味が分からないが、ラウルは気にしないで、全員の前に茶を置いた。
「ハンバーガーとはどんな食べ物なんだ?」
「うまいんだよな~。パンに肉とチーズが挟まってて、ちょっと野菜が入ってて、ちょっと酸っぱいキュウリが挟まってるんだけれどそれがいいアクセントになってる。あと一緒に出てくる揚げ芋がやばい」
「やばい、じゃわかんないだろ? 味の感想は?」
フィンが揚げ芋の感想を聞こうとしたところで、厨房からジュウジュウといい音が聞こえてきた。
焼いている音と、揚げている音が同時に店内に聞こえてきたと思ったら、ソースの匂いが鼻をくすぐった。
「焼きそばは匂いだけで美味しいな」
ラウルのつぶやきで、この匂いが焼きそばなのだとわかる。
「おまたせしました。お先に焼きそばです」
アイオライトがぱたぱたと厨房に戻り、餃子とともにラガーのジョッキを持って戻って来た。
「ハンバーガーもすぐできますので、もう少々お待ちくださいね」
四人前を一人で一気に提供するのは大変だろうと思うが、手際よく調理しているのようで、待たされることなくハンバーガーも運ばれてきた。
「ハンバーガーお待たせいたしました」
ラウルたちの席のオーダーがすべて運ばれたところで、二組の客が会計のためにアイオライトを呼んだ。
これで気兼ねなくアイオライトに話が出来るとラウルは思いはするが、まずは目の前のハンバーガーに集中したい。
「いただきます」
そういって、ラウルはハンバーガーに大きな口でかぶりついた。
「なにこれ! 美味しすぎない?」
同じものを頼んだロジャーが声を上げる。
「だろ? パンにハンバーグが挟まってるだけなんだけど、凄くうまいんだよ。なんだろうな」
「なんでだろうね~」
「この揚げ芋の塩加減が最高なんだ!」
「どれどれ……、うわ、ほんとだ! これは確かにヤバイ!」
楽しそうに食べ進めるラウルとロジャーだが、焼きそばと餃子組の二人は無言で食べ進めている。
餃子は四つ。ラガーと餃子の相性がいいのかフィンは瞬殺で食べ終わってしまったようだ。
食器を下げにフロアに出ていたアイオライトは、たまたま目に入った口元のソースを拭うラウルの仕草に、足を止めて魅入ってしまった。
「アイオライト嬢、餃子はお代わりできるのかい?」
フィンがアイオライトに声をかけたことで我に返ることが出来て助かった。ありがとうございますと心の中でお礼を述べるが、今日の餃子は出ている分で終了だ。
「ごめんなさい。今日はそれで最後なんですよ」
愕然とするフィンの顔を見るロジャーが声を上げて笑った。
「そんなに美味しいの? 餃子ってやつは」
「ラガーとは相思相愛といっていいね」
独特の言い回しではあるが、美味しいのは間違いないのだろう。
リチャードは、とにかく無言で焼きそばと餃子を食べていた。
カレーを食べた時と同じような衝撃を受けているようだが、
「やはり、若干カレーが上か?」
という独り言だけが三人の耳に聞こえた。
四人の食事も終わり、一旦食器の片付けを終えたアイオライトが話を聞くためにラウルたちのテーブルに戻って来た。
「片づけが終わるまで待っていただいてありがとうございました」
「ごちそうさま。今日もとても美味しかったよ」
ラウルはアイオライトに笑顔を向けて話しかけている。
その笑顔が蕩けそうなほど甘い。
アイオライトも楽しそうだ。
それを見ていたロジャーとフィンは、
「ラウル、あれで友達でいいとかいってんの……」
と声をそろえるも、リチャードから帰ってきた言葉は、
「びっくりするだろう?」
といって、食後の茶を美味しそうに飲んでいた。
三人は邪魔をしないようにそっと二人の会話を見守る。
「あ、あのさ、アイオライト、半月後の地の日の夕方、午後から店が休みなのは分かってるんだけれど、父と母がイシスに仕事で来るんだけど、ここで食事をさせてもらいたいのだけど、いいかな?」
「半月後ですか? 半月後なら代休のお知らせもできるし、構わないですよ」
「ありがとう。お休みなのに、本当にすまない」
特に問題なく了承が得られた。大丈夫だと思ってはいたが、あとは宿泊場所をどうするかを父と話し合うだけだと、リチャードはそっと安堵した。
「でも、ラウルさんのお母さん、お仕事されるまで元気になったんですね! よかったです」
「あぁ、ありがとう。この前はアイオライトが作ったマドレーヌを美味しそうに食べていたよ。きっと気に入ったと思う」
母を本当に心配してくれたことが手に取るように表情からわかって、ラウルは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
「でも本当にうちの料理でいいんですか? イシスには他にも美味しい料理屋はありますよ?」
「この店の、君の料理がいいんだよ」
あっまーい!とロジャーは叫びそうになったがなんとか抑える。
隣で肩を震わせているフィンも同じような気持ちなのかもしれない。
リチャードは穏やかな顔で二人のやり取りを見守っている。
「コース料理みたいなのは苦手なんで、貴族の方には物足りないかもしれませんが、うちの料理でいいなら精いっぱい頑張りますね!」
それを聞いてラウルは腑に落ちないような顔をしたが、すぐに笑顔に戻ってお願いするね、とアイオライトに告げた。
「ねぇ、あれさ……」
耐えられなくなったロジャーはリチャードに小声で話しかけた。
「もう一押しだと思うのだけれどもな」
先日女性だと認識したばかりだからまだ時間がかかると思っていたが、主がその気持ちを自覚するその日が思ったよりも早くなりそうだと、リチャードの直感が告げている。
察しのいいフィンは、リチャードに彼女のご両親についてだけでも調べておくと告げ、小さくリチャードもうなずいた。
甘々な表情をアイオライトに向けるラウルはは、小声で話す側近三人の会話には気が付かない。
「何が一押しになるのか、あの主からは全く予想がつかないのが難点だよ」
リチャードの一言に、ロジャーとフィンは大きくうなずくことしかできなかった。




