紅茶とシュワシュワ
金の林檎亭の朝は早い。
王都へは、イシスから馬車で三時間ほどなので、昼前に着くために朝早く向かう人達のため、少し早めに店を開店している。
とは言え朝の仕込み自体は、前日の夜に終わらせるようにしているので、店自体の準備は、窓を開けて風魔法で換気しながら店内清掃のみである。
しかし、開店前までにもう一仕事ある。
ポーションの調合だ。
アイオライトは火と風の魔法、簡単な鑑定魔法に、対象物を自分の魔力で包むと、物質を変換させる珍しい魔法を持っていた。
アイオライトは、その色から虹の魔法と言っている。
転生して十五年経った頃、ハーブティーが主流の今世で、前世で飲んでいたような紅茶がはなかなか見つからず、強く願ったことが魔法の発現を促したと思われる。
「飲みたい、飲みたい、美味しい紅茶が飲みたいー!」
その瞬間、魔力が体からずるりと引き出されたかと思ったら、虹色のシャボン玉のような形になって、家の軒先に咲いていたツツジに似たフィオの木を覆った。
近付いてよく見ると、木全体に先ほど降り注いだ虹色がうっすら色付いている。
自分の魔力に覆われた葉っぱを摘み取って乾燥させ、揉んで、発酵させてみると、アールグレイに似た爽やかな香りの茶葉となった。無論紅茶になる葉っぱならと緑茶にもしてある。
飲む前に魔法で鑑定した結果、この紅茶と緑茶には何故か体力回復の効能があった。
それならば、発現した虹色の魔法でポーションを作ってみようと思いついた。
ポーションはこの世界に普通に普及しており、手軽に薬屋で買える、風邪や腹痛によし、体力回復、打身などにも効果的な万能薬だ。
しかし何回か飲んだことはあるが、市販のポーションはこれっぽっちも美味しくはない。
例えるなら、味は薄いのに何故か口に渋さだけが残る、ただただ美味しくない味付きの水である。
良薬口に苦しと言うが、薬だって飲みやすいほうがいい。
味のイメージはビタミンCも入っているシュワシュワの飲み物。
家の庭に作った畑に、森で採取した植物を植え替え、虹色の光で包み、何種類かの植物を使って研究を重ねた。
結果、紫蘇のような形をしたシウの葉を発酵させて、煮出す。煮出すだけだと鼻にツンとくる匂いと苦さで飲めた物ではないが、煮出した後にさらに虹色の魔法をかけると、絶品お手製ポーションができあがった。
砂糖も入っていないのに、程よい甘味のある炭酸飲料になるのは何度作っても不思議だが、美味しく万能ポーションができるなら問題ない。
店で出す分には怪しまれることはほとんどないし、聞かれた時には、庭の畑で作ったシウの葉で作った祖母から教わった体力回復の秘伝の健康飲料だと言っている。
この言い訳で怪しまれた事は今のところない。
そして、畑と庭には、ポーションの素になるシウの葉を探した時に一緒に手に入れた、梅の実がなる木や、カレーの香辛料に使える物なども植えてある。
畑は宝の山であるが故、手入れ中はついつい鼻歌に加えてニヤニヤしがちなのは内緒だ。
今もつい思い出してついニヤニヤしてしまっているが。
金の林檎亭を開店してそろそろ一年が経つ。
十五歳の時に、虹色の魔法が発現してからは二年経った。
「もう十七歳だよ。ほんとにみんなこの世界に来るのかな……。出会いの季節は春が相場と決まってると思うんだけどさ、この世界、春が短いからそろそろ夏が来ちゃうよ。」
まだ出会えていない友に届くよう、なんとなく声に出てしまったと同時に、本日分のシュワシュワお手軽自家製ポーションが出来上がった。
開店の時間が近付いてきた。
「さて、今日もそこそこがんばりますかね」
カラン、とドアベルが鳴る。
「おはようございます。金の林檎亭へようこそ」
カップに残っていた紅茶の香りが、ふんわり自分を包んでくれて、心も体も軽くしてくれるような気分だ。
さっきのニヤニヤとは違って、爽やかな笑顔になる。
「今朝はオムライスがおすすめですよ」
アイオライトは、軽やかな気持ちと笑顔で今日一番のお客様を出迎えた。