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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
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6-03 エー・アール


 ◇*◇*◇*◇*


 安アパートの手動ドアを閉め、アレクは深く大きなため息を吐いた。

 冷蔵庫を開け、中からビタミン・ウォーターを取り出す。

 袖から薬瓶を取って中身を片手に出すと、思いがけず大量に出てきた。丸い錠剤は強力な睡眠薬だ。これだけの量。普通の人間なら、きっと長い長い眠りにつくことができるだろう・・・。


 ――数秒の沈黙。


 俺の目的は終わった。


 アレクは瓶の中身を全て出し、それを口の中に入れた。がりがりと噛み砕くと、それを水分で流し込む。ほろ苦い。最後の晩餐にしては質素だな、と洒落か嫌味か分らないことを思ってみる。


 統計的に、メロカリナの体は薬に異常反応するか、反応しないかに別れることが多い。ファルクもそれを知っていて、あえて『三日分』を処方したのだろう。

 

 ベッドに腰掛けると、ギシュリと軋んだ音がした。ここに越して来て初めて、横になってみる。ここ数年はまともに寝たことがない。首からネックレスを引き千切ると、指輪を握った。死人がそうするように腹の上で手を組むと、薄汚れた天井を見つめる。


 今度は終われるのかもしれない。

 俺はあらゆるものから解放され、どこかへ行く――。


 もし再び目がさめたなら、借金地獄が待っている。血なまぐさい仕事が待っている。何より、あの整形女と食事をしなくてはならない。楽しいことなんて、この先無いのかもしれない・・・・・・それでもいいかもな、とアレクは思った。


 楽しくはないが、不思議と今は、苦しくもない。好きになることはないだろうが、自分が無力で、そんな自分が嫌いだと気付いてからは、数日前より、嫌いじゃなくなっているのかもしれない。


 次に目を開けることがあったなら、ここを引っ越そう。

 彼らに花を供えにでも行くか。

 それとも特注の棺おけでも作りに行こうか。


 アレクは深呼吸をすると、組んだ手の平の中で指輪を意識した。


 指輪の石はアイス・ムーン。冷たく透明な灰色は、少し青を含んだようにも見える。

 祖父から祖母へ送られた指輪は、乳母アイナを通して母へと渡り、母が落としたその指輪をアレクが拾い、形見になった。

 石言葉は、「あなたへの想いは、凍ったように永遠に――」。


 アレクは遠い昔、どこかの公園を思い出した。


『あなたのお婆様は、敵の前で誉れ高い死を遂げました。過去百年で、一番大きな戦いを十代という若さで取り仕切られたのです。直系の血族である私もあなたも、命をかける覚悟をしなくてはいけませんよ?』


『はい。立派に戦って誇り高い死を遂げます』


『いいえ、違います。命を掛けて、生き延びる覚悟をしなくてはいけないのです』


 六歳のアレクは母親の隣で首を傾げた。

 ちょうど、転んで足を骨折した頃だ。


『大切な者を守るために、生き延びなさい。大切なものが何なのか、自分で見極めるようになるまで、死ぬという言葉を簡単に使ってはいけませんよ?』

『はい』


 母上はやわらかな笑顔を浮べた。細い指がアレクの頭を撫でる。


『私も・・・こうして母上に撫でてもらったことがありました』


『お婆様に、会ったことがあるのですか?』


『ええ、とても小さい頃に。一度だけ・・・本人は母と名乗りはしなかったけれど、私には分かっていました。彼女が私を産んだのだと』


『お婆様は、どんなひとでしたか?』


『・・・暁の女神の名を持つに、相応しいお方でした・・・』


 アレクは再び首を傾げたが、母アロルカは微笑を浮べるだけだった。


 ――暁。メロカリナ語で、ファレガ。


 アル。アレ。アロ・・・代々、メロカリナの族長血族の名は、〝AR〟で始まるのが決まりだ。男女関わらず第一子が跡を継ぎ、〝AR〟が頭に付く名と、その子が生涯属するであろう神の名を神に仕える者(アヒャーナ)か、生き神(カムゥナ)に授かる。場合によってはその次にもう一つ、神属名か愛称をいただくこともある。

 何らかの理由で第一子の族長襲名が断念された場合、それは年齢順にその兄弟か、三親等内の血族へと移動する。〝AR〟から始る名は、誰かしらが一度襲名しない限り、永久に移動し続けるので、その名に性別はない。他民族が聞けば男名であるが、女が襲名している場合も珍しいことではないのだ。

 『A』『あ』は、〝物事の初め〟。『R』は巻き舌で〝途中を包んでおさめる〟もの。族長の家名である『ヴィヴィレック』は、メロカリナの古語を直訳すると、〝終わりを見届ける者〟。つまり族長は自ら先頭に立ち戦い、皆を統べ、終わりを見届ける使命を持っている。


 ――アレク・グレイリア=ヴィヴィレック。


 金茶色の髪に澄んだ水色の瞳を持つ青年も、その使命を持って生まれたのだと幼い頃に母に教わった一人だった。「故郷」というものを知らない彼がキゴジュを着ることに固執するのは、存在理由を持ちたい、という彼なりの〝生〟への執着なのかもしれない。


 アレクは何故か、パーティーで出会ったあの赤い髪の少女を思い出だした。


 きっともう、会うことはないだろうに――・・・。



 ◇*◇*◇*◇*

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