6-02 意外な約束
適当な仕事を回してくれ、と言い残し、入り口へ向う途中、ふと振り向いてファルクを見た。
「もしかしてお前は、メロカリナの血じゃないのか??」
ファルクは眉を潜め、「何?」と聞いた。
「・・・お前はノイス=シューゼンを、小兎に例えた。メロカリーアの言葉で、ノイスは《小さなうさぎ》《色白》《雪》という意味だ・・・」
ファルクは肩を竦めた。
「そうか・・・」
アレクが歩き出そうとすると、ファルクが呟いた。
「不覚だったな・・・」
アレクは振り向きざまに聞いた。
「今、何と?」
「まさかそんなことで勘ぐられるとはな・・・」
「じゃあ・・・」
「メロカリナには色素異常者が多い。目の色で分からなかったのか」
「まさか、とは思っていた・・・ーー生粋なのか?」
「まぁ、そういうことだ・・・」
「本名はファルカナーレじゃなく、〝砂漠の使途〟か」
一般的に『ファルク』という愛称の本名は、ファルカナーレだ。アレクはずっと、それが本名なのだと思っていた。ザンの子供『ファルコム』は、灼熱と極寒という二面性と、侵入者の排除を担った神である。
「まぁな。一族が戦闘離散している最中に砂漠で生まれた・・・それ以外に付けようがない」
――そうか。だからファルクは協力者だったのだ。
アレクは納得して踵を返しかけ、その眉間を不審そうに寄せた。
「一族離散?それは四十年前にしか・・・」
再びラーヴィーがアレクの横から顔を覗かせた。
「ねぇねえ、なぁに?私も仲間にいれてよぅ」
どうやら彼の年齢に関しても多いな誤解があったようだ。
「じゃあな」
アレクは頬を膨らませるラーヴィーを横切り、外へ出た。ラーヴィーは渋い顔のままアレクの背中を見送り、作業に戻ろうとしているファレクに振り向いた。
「ねぇ、また来るかしら?」
「さぁな」
パキン、と高い音がした。いつの間にかファルクは、ピンクの板チョコを食べている。
「復讐は終えたんだ。生か死か。それは奴が決めることだろう」
「気に入ってるくせに」
ファルクが心外そうに振り向くと、ちょうど外へ出て行くラーヴィーの姿が見えた。
「どっちがだ・・・」
「ねぇ、グレイッ」
アレクは振り返った。階段を駆け上がったラーヴィーが、にっこりと笑いかける。
「暫く生きてる予定ある?」
「なぜそれを聞く?」
「今度一緒に食事しない?」
アレクは眉間を寄せ、「なぜ」と聞いた。
「だって私達、友達でしょ?」
「俺にそんなものはいない」
「あら。じゃあ、あの儀式は嘘だったの?」
看護婦姿の女は投げキッスのように指二本を唇へと当てた。
メロカリナの友情、つまり〝友人〟は重い意味を持つ。特に十歳前後の年齢差の男女に関しては、婚約者候補、という含みになる。それを抜きにしても抵抗があったので、アレクは眉間を寄せたまま、しばらく沈黙せざるを得なくなった。
「――ね?」
「心配しなくとも、借金を払うまでは死なないつもりだ」
「心外だわ。私は単純に新しい友達が欲しいだけよ」
アレクは大きなため息を吐いた。
「なぜ、よりにもよって俺なんだ」
「運命よ」
「神を信じない者が語る運命ほど、軽々しいものはない」
「自分が神だと思っている者が語る運命よりは、真実味をおびていると思うけど?」
アレクが片眉を上げると、ラーヴィーは肩を竦めた。
「袖触れ合うのも縁の内、でしょ?」
「お前は普段、袖がついてる服を着ているのか?」
「私が言いたいのは、縁の無い者同士は一生擦れ違いすらない、ってこと」
アレクは数秒沈黙し、再度ため息を吐いた。
「考えておく・・・」
「え?」
アレクは踵を返し、歩き出した。
ラーヴィーは意外そうに目を見開いたあと、すぐに笑顔になった。
「本当にっ?本当よっ?私聞いたからねっ」
アレクは答えない。ラーヴィーは頭上で大きく手を振った。
「約束よ~~~っ?」
昼間は極端に人通りの少ない裏町に、ラーヴィーの声が響いた。キゴジュの袖を風に揺らしながら、アレクは角を曲がった。