6-01 宣伝塔
最終章 アオマ二ムスはザンを愛している。故に―
―――――――
人は生きながらにして天を踏み、大地を飛ぶ。
天と地は永久に互いを食み続け、故に存在す。
其れがすなわち、この世の理だ。
(オリヴァー・ダーナ)
――――――
死闘から数日後。
空は水色――アレクの瞳の色に似ていた。
キゴジュの袖と、べバロの先が揺れている。アレクは真新しい義足で昼間の大通りを歩き、防弾ケースを運んでいた。手首に手錠型の防犯装置が付いている。
途中〝宣伝塔〟と呼ばれている大きなビルのディスプレイを見上げ、時計を確認する。絶妙なタイミングだ。砂嵐のようなノイズが入ると、【ダーク・マター】と大きな電子文字が流れた。
《――ここで皆さんに、悲しいお知らせがあります》
アレクは道を歩く一般人とともに、ディスプレイを見上げた。
《今日、僕の父であるトーマス=シューゼンが亡くなります》
《何を言っているノイスッ、冗談が過ぎるぞっ》
《冗談じゃないんだよ、パパ――》《カチリ》
感度のいいスピーカーから、大音量でノイスの悪行が流れ始めた。アレクは踵を返し、パネルを仰ぐ人々の間をすり抜けた。
《バアアアァァン》
周りから悲鳴じみた声が聞こえた。
《ゴトン》《・・・ノ、ノイス・・・》
アレクはため息を吐いた。
やっとだ。やっと終わった。世間は、この音声が本物かどうかを騒ぎ立てるだろう。そしてカドケウス社の重役達はテロの被害者として、そして殺人隠蔽の容疑者として、連日メディアから追いかけられることになるのだ。
アレクは〝宣伝塔〟をあとに、闇の機械屋へ向った。
紫陽花の色は『青』。アレクはライオンに許可を貰ってラボの中へと入る。
「あら、いらっしゃ~いっ」
〝グレイ〟は眉間を寄せた。なぜか治療を終えたはずのラーヴィーがいたのだ。整形のついでに黒髪のショートヘアーになっている。ミニスカートに編みタイツという、仮装専門店のセクシー・ナース服。
アレクの感覚からすれば、風邪をひきやすい格好、だった。
「どう?似合ってる?」
ラーヴィーはモデルのようにポーズをきめた。アレクは数秒沈黙し、溶接に夢中なファルクへと振り向くと、作業台にケースを叩きつけた。
「ちょと、無視っ?」
ファルクが気付き、遮光ゴーグルを上げた。
「なんでこの女がいる?」
「俺にもよく分からん」
「私しばらく、彼のアシスタントをすることにしたのっ」
ファルクとアレクは同時に眉を寄せた。ラーヴィーは胸の前で指を組んだ。
「私の騎士はこんなに近くにいたんだわっ。まさに、運命ねっっ」
ラーヴィーの瞳は、光の具合なのかキラキラと光って見えた。
困惑したアレクは闇医者フィーへと向き直る。
「ちゃんと治療したのか?脳か何かに後遺症が残ってるぞ」
「あれはおそらく、先天的な病気か障害だ。俺のせいじゃない」
「そうか・・・」
アレクはケースを開け、中に詰まっている札束をファルクに渡した。ファルクは新札ばかりのそれを一束取り、ベロベロと捲った。基本的に彼への支払いは現金だと決まっている。一般人が口座を持っていることは稀だ。
「ケガの治療代と義足の付け直し代・・・お前の取り分はパァだな」
「金以上の収穫を得た。それでいい」
「ふん、さすがミスター〝金の実を落とす木〟。お前が無欲で良かったよ」
アレクは眉間を寄せる。
「薬をくれ。前回と同じやつでいい」
「ちょっと待ってろ」
ファルクはラボの奥へと消える。
その隙にラーヴィーがアレクに近寄り、横から顔を覗きこむ。
アレクは横目をラーヴィーへとやった。
「リカルトからの情報。ブライアンは無事なんですって。あの騒ぎでほとんど無傷だったらしいわ。それに近々――あ、これはまだ非公開なんだけど、近々出世するらしいの。重役の椅子がだいぶ空くみたいだから」
「・・・そうか」
「テロの隠蔽も、市長が全面的に動いてくれているんですって。ニュース観た?シューゼン親子の会話がもう取り上げられてたのよ」
「そうか」
「ミカナスの遺体の残骸は回収されたけど、身元が割れることはないだろう、って」
「そうか・・・」
彼女はあめ色の瞳でアレクの顔をじっと見つめていた。
「私ね、目だけは整形したことないの。昔いじめられた孤児院でリカルトに初めて会った時、いい色だねって言ってもらえたから・・・ムイのことも忘れないわ。綺麗だって言われて、とっても嬉しかった・・・だからこれからも、目だけは変えないわ」
「・・・そうか」
ラーヴィーはふと笑った。
「さっきから、そうか、ばっかりね」
「少しは黙ったらどうだ」
「三日分でいいな?」
戻ってきたファルクが瓶を投げると、アレクはそれを片手でキャッチした。
「――三日?」
「メンテナンスがまだ完璧じゃない。痛むようならすぐに来い。ほっとくと接続部分が壊死する可能性がある」
アレクは頷き、薬瓶を袖の中へとしまった。




