5-13 協力者
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へパイストース十二番島の海上に到着すると、そこにはリカルトの言った通り、船が待機していた。想像していたよりも大きい高級船の舳先でレーザー電灯を回し、合図しているのが協力者だろう。顔はよく見えない。コートを羽織っているようだが、何色か判断するのは難しい。
「ロボット『1』は女を抱え、極力負担のないように船に飛び降りろ。ロボット『2』は俺の代わりに操縦桿を握れ」
《《了解しました》》
アレクはムイの腕を腹の上で組ませた。ベルトで固定されてはいたが、今のムイは誰よりも自由に見える。彼はきっと許してくれるだろう。ムイが仲間として認めた男の、最善だと思う選択なのだから・・・。
アンドロイドに攻撃された場所だった。裂けた上着のポケットから、ころりと小さな花飾りが落ちた。金色の、あの鎖に付いていた花だ。アレクはそれを拾い、すでに固くなり始めたムイの手の中に押し込めてやった。
ロボット『1』がヘリから飛び降りる。
「俺が飛び降りたと同時に二十メートル先にヘリを沈めろ」
《了解しました》
と言う答えを待たず、アレクは片足のままヘリから飛び降りた。空気抵抗で髪が吹き上がる。ネコのように静かに着地し、両手をついた。銃弾を受けた片足に痛みが走る。奥歯を噛み締め起き上がろうとしたその時、頭上から声がかかった。
「また死に損なったか・・・」
アレクははっとして協力者を仰ぎ見た。黒髪を編みこんだ、中肉中背の男。
「どうしてお前が・・・」
「楽しそうだったんで俺も参加することにした」
ファルクは顎で船の奥を指した。
「治療を始めるぞ。そこのロボット、付いて来い」
《ご主人様、第三者からの指示がありました。従ってもよろしいですか?》
「ああ」
アレクは階段を降りていくファルクの背中から、二十メートル先の海上へと視線を向けた。黒光りする丸い棺桶が、闇の水へと飲み込まれていく。ゴボゴボと沈んでいくヘリの周りで、月光を浴びる海水が銀色に光っている。
アレクはそれを神妙な気持ちで見つめた。誰に祈ったのか、小さく呟く。
「せめて魂は、花の中へ――・・・」
アレクは治療台に座り、彼の自宅のようなラボを見渡した。ラーヴィーは丸い柱のような機械に入っている。窓から上半身が見えた。人工呼吸マスクをつけて、薄緑色の液体に満たされた中で眠っている。ファルクがスイッチを入れると泡が放出されはじめ、たちまち姿を隠した。
闇医者は消毒液やらメスやらを準備しながら言った。
「ミクロバブルで肌の表面を剥いでいる。中の液体は炎症をおさえる成分やら、栄養成分やら・・・まぁ。とにかく、皮膚の張替えが必要だ。数日は俺の所で預かることになる」
ファルクはアレクのズボンを引き裂き、傷口にライトを当てた。
「・・・お前は俺に奉仕するために生まれてきたのか?」
「そうでないことを祈りたい・・・」
ファルクは部分麻酔をして消毒と縫合を進める。
「―――ビルの中にいた他の生き残り連中は、変装して民間人に紛れたらしい。今頃スラムか都市にでも脱しただろう」
アレクは顔を顰めた。
「全員が?」
「生き残っているのはな。今頃一般の医療施設で治療を受けている者もいるだろう。警察はまだテロリストが自滅したと思ってるらしい」
「なぜ気付かれなかった?突入はなかったのか?軍は?」
「郊外だからな。軍の到着はぎりぎり間に合わなかった。一区間内での混乱は凄まじかったようだな。生活のほとんどを機械に頼っているせいだ」
「機械屋が言うか」
「警察は全員おねんねだ」
「・・・死んだ?」
「いいや。文字通り眠ったんだ。ちなみに犯人は、俺だ」
アレクは眉間を寄せたまま沈黙した。
「なぜお前が協力者なんだ?」
「なぜ俺が協力者だといけないんだ?」
アレクは再び閉口する。
「それよりお前、俺の作品を置いてきたな」
「持ってこれる状況じゃないだろう・・・」
ファルクは舌打ちをして呟いた。
「発信機だけでもいくらすると思ってるんだ」
「何?」
咎めたのではない。アレクには聞こえなかったらしい。
「まぁいい・・・試してみたいことはまだまだ山程あるからな」
「まだあるのか・・・」
ファルクはアレクと目を合わせると、薄気味悪い笑顔を浮べた。
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