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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
76/83

5-11 ムイの死


 ◇*◇*◇*◇*



 ムイはどろりとした意識の中で、懸命にまぶたを上げた。薄らと開いた視界の向かい側に、X型のベルトに固定されているラーヴィーを見つける。ぐったりとしていて、無言だ。ふとムイの視線に気付くと嬉しそうに微笑した。


「ああ、ムイ・・・良かった・・・グレイ、ムイが起きたわ」


 ムイは視線を巡らせ、ヘリの中を探した。

 掠れた声でムイは言う。


「ミ、カナス・・・ハ?」


 アレクは数秒沈黙した。薄々勘付いていたラーヴィーも黙っている。


「ミカナスは別のコースで逃亡中だ。まだ連絡はとれていない。じきに来るだろう」


 ムイは視線をあげ、アレクの後姿を見つめた。ふと微笑する。


「ソウデスカ・・・」


 ムイは虚ろげな瞳で、億劫そうに何度も瞬きをしていた。おそらくはヘリの操縦士が落としたものだろう。ムイは床に転がっている煙草の箱を見つけ、手を伸ばしてそれを拾った。くしゃりと潰された箱の中には、一本の煙草とライターが入っている。


 ムイは震える手で煙草を口に持っていくと、火を付けた。


「ムイ、こんな時にタバコ?」


 ムイは微笑しながら、それをラーヴィーに差し出した。

 ラーヴィーは顔を顰める。


「いらないわ。火の付いたものは暫くごめんよ」

「吸ってやれ」

「え?」

 ラーヴィーがアレクの方へと振り向くと、アレクは手だけを伸ばして、「かせ」と言った。近くにいたラーヴィーが煙草の橋渡しをすると、アレクはそれを一口吸った。


「お前も吸え」

 煙草がラーヴィーの手元に戻ってくる。

「どうして」


「スタロイディの一部の部族には、『親愛の証』や『仲間の証』に、自分が口をつけたものを相手に渡し、またそれを受け取る習慣がある」


「・・・そうだったの・・・」


 ラーヴィーは複雑そうな、罪悪感を抱いた表情を浮べた。煙草をくわえると、大きく吸って煙を吐く。震えた息を吐いたラーヴィーの頬に、涙が伝った。

 ムイはラーヴィーから煙草を返されると、花畑を見る時の様に笑った。


「綺麗ナ瞳ノヒト・・・アナタノ涙ハ、トテモ綺麗・・・」


 ラーヴィーは大粒の滴を膝に落とした。


「ありがとう・・・」


 ムイは小さく頷くと、小さく息を吐いた。目がゆっくりと閉じていく。胸元に置かれていた腕が、するりとシートに崩れ、手首がだらりと垂れた。

 その表情は、無邪気な子供が夢を見ているようだった。

 きっと痛みも苦しみもなく、花に囲まれた世界でミカナスに会っているのだろう。


「――ムイ?」


 返事はない。ムイの指の間から、煙草がぽとりと落ちた。


「どうした?」


 ラーヴィーはため息を吐き、俯いた瞳から滴を落とした。


「ムイにはもう、治療は必要ないみたい・・・」

「・・・・・・そうか・・・」


《《第一条では人間を守れと定められていますが、医療用具がない現状態では、ロボットにどうすることもできません。ロボットの半径二メートル以内にいる人間の生命反応が極端に衰弱、もしくは停止しました。ロボットの緊急連絡システムを使用し、医療機関へ連絡しますか》》


 二体のロボットが同じ声で同時に喋った。さきほどまで隣に座っていた奴とは違い、抑揚も感情も窺えない。それがいいことなのか悪いことなのか、アレクには分らなかった。


「いいや・・・いい」

《了解しました》


 アレクは振り向かなかった。表情のない顔が窓ガラスに映っている。

 ラーヴィーは顔を俯けたまましばらく涙を落としていた。

 警備用のロボットには、もともと表情がない。


 ヘリの中・・・ムイだけが、穏やかな笑顔を浮べていた。



 ◇*◇*◇*◇*


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