5-11 ムイの死
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ムイはどろりとした意識の中で、懸命に瞼を上げた。薄らと開いた視界の向かい側に、X型のベルトに固定されているラーヴィーを見つける。ぐったりとしていて、無言だ。ふとムイの視線に気付くと嬉しそうに微笑した。
「ああ、ムイ・・・良かった・・・グレイ、ムイが起きたわ」
ムイは視線を巡らせ、ヘリの中を探した。
掠れた声でムイは言う。
「ミ、カナス・・・ハ?」
アレクは数秒沈黙した。薄々勘付いていたラーヴィーも黙っている。
「ミカナスは別のコースで逃亡中だ。まだ連絡はとれていない。じきに来るだろう」
ムイは視線をあげ、アレクの後姿を見つめた。ふと微笑する。
「ソウデスカ・・・」
ムイは虚ろげな瞳で、億劫そうに何度も瞬きをしていた。おそらくはヘリの操縦士が落としたものだろう。ムイは床に転がっている煙草の箱を見つけ、手を伸ばしてそれを拾った。くしゃりと潰された箱の中には、一本の煙草とライターが入っている。
ムイは震える手で煙草を口に持っていくと、火を付けた。
「ムイ、こんな時にタバコ?」
ムイは微笑しながら、それをラーヴィーに差し出した。
ラーヴィーは顔を顰める。
「いらないわ。火の付いたものは暫くごめんよ」
「吸ってやれ」
「え?」
ラーヴィーがアレクの方へと振り向くと、アレクは手だけを伸ばして、「かせ」と言った。近くにいたラーヴィーが煙草の橋渡しをすると、アレクはそれを一口吸った。
「お前も吸え」
煙草がラーヴィーの手元に戻ってくる。
「どうして」
「スタロイディの一部の部族には、『親愛の証』や『仲間の証』に、自分が口をつけたものを相手に渡し、またそれを受け取る習慣がある」
「・・・そうだったの・・・」
ラーヴィーは複雑そうな、罪悪感を抱いた表情を浮べた。煙草を銜えると、大きく吸って煙を吐く。震えた息を吐いたラーヴィーの頬に、涙が伝った。
ムイはラーヴィーから煙草を返されると、花畑を見る時の様に笑った。
「綺麗ナ瞳ノヒト・・・アナタノ涙ハ、トテモ綺麗・・・」
ラーヴィーは大粒の滴を膝に落とした。
「ありがとう・・・」
ムイは小さく頷くと、小さく息を吐いた。目がゆっくりと閉じていく。胸元に置かれていた腕が、するりとシートに崩れ、手首がだらりと垂れた。
その表情は、無邪気な子供が夢を見ているようだった。
きっと痛みも苦しみもなく、花に囲まれた世界でミカナスに会っているのだろう。
「――ムイ?」
返事はない。ムイの指の間から、煙草がぽとりと落ちた。
「どうした?」
ラーヴィーはため息を吐き、俯いた瞳から滴を落とした。
「ムイにはもう、治療は必要ないみたい・・・」
「・・・・・・そうか・・・」
《《第一条では人間を守れと定められていますが、医療用具がない現状態では、ロボットにどうすることもできません。ロボットの半径二メートル以内にいる人間の生命反応が極端に衰弱、もしくは停止しました。ロボットの緊急連絡システムを使用し、医療機関へ連絡しますか》》
二体のロボットが同じ声で同時に喋った。さきほどまで隣に座っていた奴とは違い、抑揚も感情も窺えない。それがいいことなのか悪いことなのか、アレクには分らなかった。
「いいや・・・いい」
《了解しました》
アレクは振り向かなかった。表情のない顔が窓ガラスに映っている。
ラーヴィーは顔を俯けたまましばらく涙を落としていた。
警備用のロボットには、もともと表情がない。
ヘリの中・・・ムイだけが、穏やかな笑顔を浮べていた。
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