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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
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5-09 アダン・ト・イヴス


 セージの目は自然と細くなり、その声は彼の感情に反応して熱っぽくなった。


「思わず君にした?」

「そう。あの時みたいに」


 セージはゆっくりとファレガの腕から手を放し、顔を近づけた。互いの鼻と鼻が当りそうになった時おもむろに目を閉じて、触れるか触れないかのキスをした。




 白人種が奴隷生活をしていた頃、手足に電子枷をはめられ、表面に登録番号と個人情報が流れる首輪を付けられていた。奴隷同士の体が触れ合うと電流が流れるようになっているので、主人の相手をさせられる時以外、他人に触れることはできない。それでも家族や恋人同士がせめてもの愛情表現に始ったのが、互いの指先に触れる挨拶だった。

 電流が流れることを承知の行為なので、これは白人種の独立と誇りの証として、法的に解放されたあとも習慣として残った。

 ちょうど貴婦人が手の甲を出し、紳士にキスを促すように指先を触れ合わせるのが公式法なので、優顔のセージがファレガの父親に女性だと誤解されたのもその為である。


 本来、その民族の体形が一番美しく見えるものが民族衣装で、黒人種のめりはりのある体つきは性的に挑発的なデザインか、鮮やかな原色の布地が似合う。解放された白人種がまず始めたのは、彼らの反対の文化を造る、ということだった。

 服の色は特に白が好まれ、デザインもシンプルな長袖長ズボンが流行った。首輪がなくなったことを象徴したVネックと、反対に首輪のあとを隠す為のフラワーネックが主流となり、徹底的に合理的かつ、個人の確立された社会、個人実力社会に戻るべく躍起になっていた。


 今では〝潔癖時代〟と呼ぶその世代を生きたセージにとって、無菌室以外にいる他人との抱擁や、消毒されていない唇とのキスという行為は常軌を逸したものだ。

 両親は共に体外受精で生まれ、性衝動を起こさせるような情報を一切遮断され、手袋で日常生活をしていたような人種だったから、その川原でのキスがセージにとってのファースト・キスだと言っていい。


 全身が熱くなり、胸の辺りが冷たくなるような締め付けられるような感覚がして、目が潤み、何故か小刻みに震えがでた。もちろん彼女はセージの初恋の相手であり、〝はじめて〟の相手である。キスという習慣のないメロカリナの彼女にとっても同じことだ。


 彼らの場合、数人の幼馴染兼婚約者達という大幅なくくりの中で恋愛相手を選ぶことはできるが、結婚は一生に一度。若くして相手を亡くす、ということがない限りは皆がそういう価値観で生きている。


 なので二人のキスも恋愛感も、初々しく純粋で、それ故に残酷なほどに儚気だ。


 セージがゆっくりと目を開けると、そこには瞳に涙を溜めたファレガの顔があった。温室のライトを浴びて、キラキラと光っている。ファレガは背伸びをしてセージの首元に腕を回し、小さな顔を埋めるようにして震える声で言った。


「バート・ウォー・アライカッ・・・」


 セージは彼女のラズベリー色の髪を撫でた。


「僕も・・・愛してるよ」



 ◆*◆*◆*◆*



「――ねぇ、グレイ。私達、これからどうなるのかしら?」

「起きてたのか」

「痛くて眠れやしないわ・・・それより、どこに着陸するの?」


 ラーヴィーとムイは再び着替えて被害者のふりをする予定だったし、市長の力添えでそれは可能だった。アレクはもともとノイスさえ殺せればこの世に未練はなかったので、間抜けなことに脱出法を考えていなかった。この状況は異例の自体である。


「知らん」


 突然ヘリの通信機にノイズが入り、リカルトの声が聞こえてきた。


《それなら良い所知ってるけど?》

「お前はいつも突然だな」

《僕は退路専用のメンバーだって言ったでしょ》

「リック。見捨てられたのかと思ったじゃない」とラーヴィーが冗談めかして言う。

《君を見捨てたら、いくら僕でも闇仲間からバッシング受けちゃうよ》

「それで。どこに行ったらいい?」

《それ、ナビゲーション・システム生きてる?》

「ああ」


《じゃあ〝ヘパイストース諸島・十二番〟って入力して。その島の南側、海上五百メートル先に船が待機してる。そこに僕の闇仲間の協力者がいる。その人に住宅街の岬まで運んでもらって。僕はその岬に逃走用の車を用意しているから》


「ヘパイストース・・・〝ゴミ捨て島〟か」

《そう。そこなら、ヘリを捨てても文句は言われない。普段人の出入りもないし》


「脱出方法は?此方には負傷者が二名いる」

《負傷?・・・ひどいの?》


「一刻を争う」


 それから数秒、通信機の向こう側が沈黙した。


《負傷していない者は?》

「人型のロボットが二体。それだけだ」


《そう・・・自動操縦で海に捨てる?・・・あの島立ち入り禁止だから、着陸すると警報装置が反応しちゃうんだよね。不法投棄者とかの対策で》


「負傷者は自力で脱出できる状態じゃない。俺も片足がない。二人を抱えて海に飛び込むのは不可能ではないが、負傷者の命がない」


《うぅん。どうしよう・・・――え?あ―エ・―どう―オ・・・・・・》

「おい、通信が乱れてるぞ」


 再びノイズが入ると、リカルトの声がはっきりと聞こえた。


《ごめん。ごめん。協力者からの通信が入ったんだ。僕達の会話盗聴されてたみたい。彼の船に簡易の治療室があるから、使わせてやってもいいよ、だって。船の上にヘリをぎりぎりまで寄せて、ロボットに命じて運んでもらえって》



 ◆*◆*◆*◆*


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