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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
72/83

5-07 赤い薔薇色髪の少女


「嫌だ。断る」

 ローブを脱いだアレクは、セージの提案を険しい顔で拒否した。

「俺は自分の足で走る」

「片方ないくせに」

「嫌だ」

「僕はあなたの『嫌だ』、を拒否します」


 セージはアレクの腕を掴み、懐に滑り込むようにして背中を入れた。瞬時に前かがみになると、背負い投げのような姿勢のままアレクの太ももを持ち上げ、おぶる。


「気安く触るなっ」


 セージは無視し、ラーヴィーとムイを抱いているロボッツに【ついて来い】と命令すると緊急用に開く廊下を走り出した。


「降ろせっ。殺すぞっ」

「本望です。ご主人様」 


 アレクはセージの耳の裏に銃口を擦り当てた。


「俺は六歳の時に足を骨折して以降、誰にもおぶられたことなんてなかったんだぞっ」

「僕も誰かをおぶるのなんて初めてですよ。ご主人様」

「降ろせっ」

「あなたをこうして運ぶことが一番合理的であります、ご主人様」

「降ろせっっ」

「もうすぐビルが崩壊します、ご主人様」

「降ろせっっっ」 


 当然ながらアレクの位置からはセージの表情など窺えなかったが、心なしか、〝リジェネ・スピラー〟の肉声合成音声は微笑を含んでいる。


「お断りします、ご主人様」


 緊急避難用の廊下中に、烈火の怒りと羞恥が入り混じった声が響き渡った。


「おろせぇっっ」



 ◇*◇*◇*◇*



 屋上にはヘリポートが設置されている。建物の真ん中に半球形の施設。ガラス張りの温室では真紅のバラが飼育されていた。品種改良で棘の存在しない茨の中で、薔薇に似た髪色を持つ少女、テトラは息を潜めている。

 ヘリに乗り込むはずの重役が、サマエリナス=マリードだと思ったからだ。

 テトラは屋上を駆け抜ける人影達を確認する。設置されたボタンを押すと、ガラス天井の一部がスライドを始めた。階段を駆け上がり屋根の上に立ち上がった。その細い腕の中には、改造されたマシンガンが握られている。



 ◇*◇*◇*◇*



 アレクを背負ったセージと、負傷者二名を抱いたロボッツが全速力で屋上へと走ってくる。アレクを先に操縦席に乗せ、セージは助手席へと座る。ロボッツはセージに命令された通りラーヴィーを通常通り座らせ、ベルトを締めた。

 VIP用のヘリの内装は広いので、座席もゆったりとしている。万が一負傷した時のためベッドも兼ね備えているので、ムイは横たわったままベルトで固定された。

 操縦者専用のコンピューター内蔵サングラスをかけると電源が入った。個人設定が行われていたが、横にいる青年ロボットが内容を一瞬で書き換えてしまったので、警備システムは作動しなかった。外部との通信機能が接続され、グラスの表面に【出発準備完了】の文字が浮き出てくる。


「脱出はできるが、どこに着陸するかが問題だ」

「その前に、こいつらは連れて行くのか?」

「知るか。利用価値があるなら、そこらへんに待機させておけ」

《お前達、そこに待機していろ》

《《了解しました》》


 ”沈黙”(サイレント)という名を持つヘリが静かに上昇を始めると、テトラは盗んだ改造マシンガンの銃口を向けた。一気に引き金を引き、踏ん張りながら銃を乱射する。肩に固定できる改造版は反動が少ない。凄まじい数の弾丸がヘリの表面をへこませ、防弾ガラスを削っていく。


「何だっ?」


 動揺したアレクは懸命に操縦桿を握った。ヘリを斜めにしてみるが、ロックオン機能が付いているのか一向に銃弾は止まない。急いでビルから離れた。


「ズーム機能で確認する」


 セージは窓から屋上を覗き込んだ。ちょうど弾切れになったのか、小柄な人影がマシンガンを降ろした。強風に煽られドレスが大きくはためいている。意外なことに、男ではないようだ。顔に掛かっていた赤髪が吹きあがると、セージは驚愕に目を見開いた。


「ファッ・・・」


 水色の瞳がこちらを真っ直ぐと見つめている。

 ――ファレガ。あの時と変わらない、少女のままの姿・・・まさか。

 生きていれば、五十六、七歳だ。


 〝セージ・・・あなたの子供を産んだわ〟


 まさか。彼女は――。

 セージは助手席のドアを開け放ち、危険を報せる警戒音が鳴るのを無視し、強風を受けながら空中を移動するヘリから飛び降りた。


「おいっ」

 咄嗟に赤い燕尾服の背中を掴もうとするが、ヘリが大きく傾いた。

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