5-07 赤い薔薇色髪の少女
「嫌だ。断る」
ローブを脱いだアレクは、セージの提案を険しい顔で拒否した。
「俺は自分の足で走る」
「片方ないくせに」
「嫌だ」
「僕はあなたの『嫌だ』、を拒否します」
セージはアレクの腕を掴み、懐に滑り込むようにして背中を入れた。瞬時に前かがみになると、背負い投げのような姿勢のままアレクの太ももを持ち上げ、おぶる。
「気安く触るなっ」
セージは無視し、ラーヴィーとムイを抱いているロボッツに【ついて来い】と命令すると緊急用に開く廊下を走り出した。
「降ろせっ。殺すぞっ」
「本望です。ご主人様」
アレクはセージの耳の裏に銃口を擦り当てた。
「俺は六歳の時に足を骨折して以降、誰にもおぶられたことなんてなかったんだぞっ」
「僕も誰かをおぶるのなんて初めてですよ。ご主人様」
「降ろせっ」
「あなたをこうして運ぶことが一番合理的であります、ご主人様」
「降ろせっっ」
「もうすぐビルが崩壊します、ご主人様」
「降ろせっっっ」
当然ながらアレクの位置からはセージの表情など窺えなかったが、心なしか、〝リジェネ・スピラー〟の肉声合成音声は微笑を含んでいる。
「お断りします、ご主人様」
緊急避難用の廊下中に、烈火の怒りと羞恥が入り混じった声が響き渡った。
「おろせぇっっ」
◇*◇*◇*◇*
屋上にはヘリポートが設置されている。建物の真ん中に半球形の施設。ガラス張りの温室では真紅のバラが飼育されていた。品種改良で棘の存在しない茨の中で、薔薇に似た髪色を持つ少女、テトラは息を潜めている。
ヘリに乗り込むはずの重役が、サマエリナス=マリードだと思ったからだ。
テトラは屋上を駆け抜ける人影達を確認する。設置されたボタンを押すと、ガラス天井の一部がスライドを始めた。階段を駆け上がり屋根の上に立ち上がった。その細い腕の中には、改造されたマシンガンが握られている。
◇*◇*◇*◇*
アレクを背負ったセージと、負傷者二名を抱いたロボッツが全速力で屋上へと走ってくる。アレクを先に操縦席に乗せ、セージは助手席へと座る。ロボッツはセージに命令された通りラーヴィーを通常通り座らせ、ベルトを締めた。
VIP用のヘリの内装は広いので、座席もゆったりとしている。万が一負傷した時のためベッドも兼ね備えているので、ムイは横たわったままベルトで固定された。
操縦者専用のコンピューター内蔵サングラスをかけると電源が入った。個人設定が行われていたが、横にいる青年ロボットが内容を一瞬で書き換えてしまったので、警備システムは作動しなかった。外部との通信機能が接続され、グラスの表面に【出発準備完了】の文字が浮き出てくる。
「脱出はできるが、どこに着陸するかが問題だ」
「その前に、こいつらは連れて行くのか?」
「知るか。利用価値があるなら、そこらへんに待機させておけ」
《お前達、そこに待機していろ》
《《了解しました》》
”沈黙”という名を持つヘリが静かに上昇を始めると、テトラは盗んだ改造マシンガンの銃口を向けた。一気に引き金を引き、踏ん張りながら銃を乱射する。肩に固定できる改造版は反動が少ない。凄まじい数の弾丸がヘリの表面をへこませ、防弾ガラスを削っていく。
「何だっ?」
動揺したアレクは懸命に操縦桿を握った。ヘリを斜めにしてみるが、ロックオン機能が付いているのか一向に銃弾は止まない。急いでビルから離れた。
「ズーム機能で確認する」
セージは窓から屋上を覗き込んだ。ちょうど弾切れになったのか、小柄な人影がマシンガンを降ろした。強風に煽られドレスが大きくはためいている。意外なことに、男ではないようだ。顔に掛かっていた赤髪が吹きあがると、セージは驚愕に目を見開いた。
「ファッ・・・」
水色の瞳がこちらを真っ直ぐと見つめている。
――ファレガ。あの時と変わらない、少女のままの姿・・・まさか。
生きていれば、五十六、七歳だ。
〝セージ・・・あなたの子供を産んだわ〟
まさか。彼女は――。
セージは助手席のドアを開け放ち、危険を報せる警戒音が鳴るのを無視し、強風を受けながら空中を移動するヘリから飛び降りた。
「おいっ」
咄嗟に赤い燕尾服の背中を掴もうとするが、ヘリが大きく傾いた。




