5-06 手に入れた証拠
《――ここで皆さんに、悲しいお知らせがあります。今日、僕の父であるトーマス=シューゼンが亡くなります》
(何を言っているノイスっ。冗談が過ぎるぞっ)
《冗談じゃないんだよ、パパ・・・『銃を構える音』》
《「何をっ」》
《ごめんね。でも、こうするしかないんだ。『銃声』――・・・》
《『机に虚脱した頭がぶつかる音』「ノ、ノイスッ・・・」》
《もう、パパはいらないから・・・心配しないで。あとは僕が、引き継ぐよ・・・》
《「ノ、ノイス君。何を考えているんだね、君はっ」》
《「そ、そうだっ。こんな事が世間に知れれば―」》
《そう。こんな事が世間に知れたら、カドケウス社は終わりです・・・さぁ、皆さん。今度は嬉しいお知らせがあります。たった今からこの僕が、父の後を継いでダズロン支社の社長に就任する事になりました――・・・》
アレクは万年筆のキャップを再び回転させて音声を切った。
「これか・・・」
弾かれたように金庫へと振り向いたセージは、金庫内部の微細な変化を感じ取り、アレクの体を引き寄せた。
「伏せろっ」
急いで絵画を蹴り払い、アレクを抱えて床にダイブする。体つきはアレクの方が大きかったが、片足がないために簡単に重心は崩れた。怪力となったリジェネ・スピラーが大きな跳躍を見せるとほぼ同時、金庫内部が爆発して扉がひしゃげた。書類が舞う。
醜く顔を歪める美女を見上げ、青年二人は呆然とした。
「エピメテウスは、急いで蓋を閉めた・・・」
セージがぽつりと呟くと、目を見開いていたアレクはため息を吐いた。
「〝希望〟ごと吹っ飛ぶところだった・・・」
セージはふと、アレクの左足に気が付いた。
「血が出ている・・・」
床に落ちていたべバロを拾うと、セージは左足に触れようとした。途端に銃口が眉間へと向けられるが、構わずにべバロで止血を試みる。
「自分でやるっ」
「僕には両手が塞がっているように見えるけど?」
アレクは閉口した。包帯の結び方、応急処置の仕方を脳内でダウンロード、【第一条】と実践モードを自らの意思で選択し、セージは止血を試みる。布をきつく結び、小さく顔を顰めたアレクの顔を見て微笑した。
「さぁ・・・約束をはたしてくれ」
「お前と約束した覚えは無い」
「じゃあ依頼する。僕を殺して」
「ここに残ればいい。いずれ崩壊するだろう」
「今の僕では【三原則】に勝てないかもしれない・・・君に殺されることに抵抗しない、という意思は持てても、自分で命を絶つ、という意思には自信が持てない・・・」
「・・・・・・お前が言う・・・〝心残り〟とは何だ」
セージは俯き、数秒後に小さな声で言った。
「子供が・・・・・・いるかもしれない・・・」
重なる無言。
「それは〝生前〟のお前にか」
セージは頷いた。
「ロボット用語の類ではなく?生身の体の?人間の女性が産んだ?」
再度、セージは頷く。
数秒間、アレクは言葉の意味を理解しようと努め、そして結局は生身の人間に言うであろう回答を、〝リジェネ・スピラー〟という新人類となりうる存在に発した。
「生きろ」
俯いていた為に前髪に隠れていた灰色の瞳が見開き、青年に向く。
「俺は片親で育った。今もお前を求めているかもしれないお前の子供から、〝父〟という存在を奪うことはできない」
アレクは手を突き、立ち上がった。
「お前が人間だろうがロボットだろうが、俺の知ったことじゃない。俺はノイスを殺して自分も死のうと思ってここまで生きてきた。まだ死なないのは、依頼の品が手に入って、俺以外にまともに運べる奴がいないからだ。俺の使命がこの世にまだ存在している限り、俺は死ねない・・・するべきことを残したまま、死ぬことなんてできない。どうせいつかは死ぬ。もう少し延びるだけだ」
セージは遠ざかっていくアレクの背中を見つめた。
「僕を必要としてくれる誰かが、この世にいるだろうか・・・」
「それを確かめに外に出てみればいい・・・」
アレクは片足飛びをしながら、ラーヴィーとムイの側へと移動した。
「少なくとも・・・今の俺達には、この機械人形を動かせる存在が〝必要〟だ」
アレクは無表情で振り返った。セージはゆっくりと立ち上がり、そして頷いた。
「君達を守り、無事に送り届ける・・・それが僕の、〝するべきこと〟だ」




