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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
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1-05 カドケウス社

 十歳になって尼寺にはいられなくなって、それと同時にココア色の肌の『父親』と名乗る人物が迎えに来た。男は反政治団体(テロリスト)と慈善活動団の代表で、アレクもその思想を埋め込まれ、戦術の訓練を受けた。

 母親が少年達に暴行されて殺され、道端に捨てられた・・・とゆう事実を知ったのは十二歳。十二歳は大人が思っているよりも子供ではない。あの傷を思い出して、『彼らは異性である母親に必要以上に触れたのだ』という事は完璧に理解した。


 尼寺では「運命を受け入れなさい」という教えをされてきたが、父親には「運命は打ち破るためにあるものだ」と言われ、小さな頃から刷り込まれた思想と現実との間で葛藤した。


 何も考えないために訓練に集中し、十五の時には大人も混じるグループで幹部入りを果たし、資金集めのために傭兵をはじめた。


 十六歳。メロカリナ族では成人になった頃――右足の、膝から下を失った。


 戦闘中だった。


 弾丸を受けた父親を起こすのに必死で、手榴弾が投げられたのに気付くのが遅れた。かっと閃光が走った瞬間に、うしろへと飛び退いた・・・。


 今でもあの、目が潰れるような白熱の閃光が忘れられない。

 足に衝撃があり、意識するより早く体が地面に倒れている。

 目が見えないまま咄嗟に前方の敵に向って引き金を引いた。発砲音。悲鳴。敵が床へと倒れる音を聞いて緊張が途切れる。ため息を吐いて銃を降ろした。


 赤い苦痛を感じるのに、数秒の間――・・・

 ズクンッッッ。


 無音の世界で歪んだ顔が

 叫び声をあげると同時、


 ドンッッ、


という衝撃音でアレクは飛び起きた。


 条件反射的に銃を握っているが、部屋を見渡し、それが誰かしらの奇襲ではなくロックバンドの演奏であることに気が付いた。

いつの間にかリモコンによりかかり、最大音量にしていたらしい。音量を戻して汗をぬぐい、右足を動かしてみた。何ともない。


 F O F P(エフオーエフピー)か・・・


テレビから漏れる重低音と鼓動が、まだ不協和同調している。

細いため息を吐いて胸元を握り締めた。

 形見となってしまった銀の鎖に通った指輪が、丸く固い感触を指先に与える。


 ――いつか母と同じ場所に行けるだろうか。


 アレクはそう思いながも、母親が嫌った戦いの場に身を置いている自分が、そんな美しい場所に行けるわけがないのだ、とも思っている。

 きっと太陽神はアレクの身を焦がし、大地神は灰となったアレクの肉体を受け入れず、そして残った魂も、ガロムニスに迎えられることはない・・・。


 それでも戦わなくてはいけなかった。


  黒人優位主義が未だに残る世の中において、特権階級者でもない限り、親なしの子供は養護施設に入るか、ギャングに入るか、売春宿に入るかしか生きる道は無い。そうでなければ傭兵だ。


  アレクは傭兵になることを選んだ。

 

 正義を語る父親達のグループとはしだいに思想がずれ、十八の時に抜けた。


 それからは独りで生きてきた。好きなものは、何も無い。きっとこれからもそうなのだろう。死ぬまで・・・死んでからも。もし生まれ変わりがあるのだとしても、自分の魂は彷徨い続けていくに違いない・・・。


 アレクはそう思うことで自分に罪をかし、この世の全てを嫌うことで傷つくことを止めた。止めた筈なのに、心の中には違和感と痛みが常に存在している。


 嫌いだ。何もかも。

 何もかもが嫌いすぎて、本当に嫌いなのかさえ、分からないほどに・・・。




 《カドケウス社》というフレーズがテレビから聞こえ、アレクは視線を移した。




 カドケウス社は国内最大の機械製造会社で、早くから精巧なアンドロイドに目を付け、より人間らしいロボットを創るため、専門の医学チームを所有している大会社である。

 もとは機械補助装置――義足とか義手――をより精密なものにしようという目的で作られた部署らしく、医学班のレベルは高い。医学会最高栄誉、『レッド・クロス・リボン』を受賞しているほどだ。

 さまざまタイプの人工毛髪の開発や、人工皮膚・人工筋肉・人工脂肪の再現開発は世界的な賞賛を受けた。


 そのカドケウス社が新発売するアンドロイドの紹介を、金髪の男がしていた。


 寒気。悪寒。恐怖?いや。武者震いか。


《従来のロボットには表情がなく、無機質で無個性のうえやたら重量があったが、我が社の新発売のアンドロイドは人間に非常に近い見た目をしていて、表情豊か。軽量化に成功した上にバランス力に優れ、動きが俊敏である》


 男はそんなことを説明していたが、アレクの耳にはほとんど入っていなかった。


 スーツを着た軽いオールバックの男は、根元から金髪に染めている。なまじ顔がいいために宣伝役を任命されたのだろう。三十か、それより少し若い見た目の男だ。


 アレクの脳内は破裂するような衝撃に襲われた。

 麻痺した脳が痙攣している。

 ショックのあまりしばらく体を動かせず、ただ人形のように画像に魅入っていた。


 神のお導きか・・・?

 ――いや。これこそまさに、母の導きだろう。


 黒い肌に金髪。爽やかで善人面の笑顔は、母親に話しかけたあの時から、さほど変わっていない。母親を殺した犯人の一人が、今、アレクの目の前で笑っている。


《カドケウス社の新商品、A-005『ヘルマプロディトス』は――》


 アレクは笑い出しそうになった。


 食い入るように見つめていたCMが終わると、着物とコートを合わせたような服を着、長いバンダナ――べバロを頭に巻く。

 テレビの電源を消すと、衣の内側に武器を忍ばせて家を出た。


 機械屋まで行ってドアを開けると、相変わらずファルクは溶接をしていて、手術台のあたりには火花が散っている。しかしタイミングよくゴーグルを外したので、すぐにアレクに気が付いた。


「どうした。忘れ物か」

「情報を・・・売ってくれ」

「・・・なんの」


 アレクの背中ごしに自動ドアが閉まった。


「カドケウス社のCMに出ている、黒人種(サロイディ)の男のことだ」


 ファルクは片眉をあげた。


「それなら話は早い。あの男はさっき話した件のターゲットだ」


 アレクの目が見開く。

「本当か」


「ああ。民間テロリストと、あの男を殺したがってる依頼主が手を組んだらしい」

「ならば、依頼を受ける」

「・・・しかし報酬は高いが、今回は特にリスクが――」

「分かってる」


 ファルクは数秒沈黙した。

 何か因縁めいたものを感じ取ったのか、無言で立ち上がると奥の部屋へ行き、しばらくすると〝情報屋エフ〟はアレクに紙切れを差し出した。


「三日後の午後九時半。ここに書いてある場所に行け」

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