5-04 壊れた義足
歯を食い縛り険しい顔に戻った青年は、ケンタウルスに銃弾を浴びせる。重心がずれて隙のできた侵入者に反撃を試みた残りのロボッツに対して、「やめろ」という命令が天井から降ってきた。
アレクはシャンデリアの上に視線を寄越した。銃口を向ける。相手の表情は変らない。セージは豪華なシャンデリアの上で、星のような眩い光を浴びている。
「敵はそっちじゃないだろう・・・?」
意味深な声色でセージが言うと、ピピ、という音と共にロボットが近くにいた互い同士を撃ち始めた。アレクは目を見開き、そしてまたセージへと視線を戻した。
「・・・何者だ」
「・・・分からない・・・」
周りでは戦闘が行われているにも関わらず、大声でもない二人の声は不思議と互いのもとへと届いていた。ラーヴィーとムイを抱いているロボッツを残し、全てのロボットが床へと倒れる。ショート音が小さく響き、薄っすらと焦げ臭い。
「あ、あっ、殺せっ、殺せっ、何をやってるんだ、役立たずどもっ、どうしてネズミの一匹や二匹っっ――」
バン。ノイスの体が跳ねた。バン、バン、バン、バン。銃弾が飛んでくるごとに、アレクは重心のずれた足でノイスへと近づいていく。バン、バン、バン、バン、バン。バン。ノイスの目の前に立ち止まった瞬間に、義足がボキンと折れて、床へと転がった。
アレクは片足で立ち、もう絶命しているノイスの頭から爪先までを執拗に撃ち続けた。
「もう、それぐらいにしてあげたら・・・?」
ようやく自分が肩で息をしていることと、そばに燕尾服の青年が立っていることに気が付いた。激しい戦闘のせいでべバロが緩み、しゅるりと音をたてて肩に落ちる。アレクは苛立った声を抑制することを努めた。
「何のつもりだっ・・・なぜ、止めた・・・」
「君に、希望を見出したから」
目の前には蜂の巣と化したノイスが横たわっている。
ため息にも似た深呼吸が毒気を抜いてゆく。全てが終わったことへの安堵と、これからの目的を無くした喪失感で体がだるい。一瞬でも気を抜けば、立ち上がれなくなってしまうのだろう。
デスクが背負っている一枚の大きな窓に視線を移した。向かいの大きなビルと夜景が見える。窓の表面にアレクとセージの姿が薄っすらと映っていた。
アレクは『自分』と視線を合わせる。虚無に満ちた目だ。
正面にいる自分に向って銃を構えた。
眉間に照準を合わせ、引き金を引く。
バシン、という音と共にアレクの眉間が白く裂けた。
もう一度ガラスに向かって引き金を引く。
同じ軌道で撃たれた銃弾は一発目と同じ場所へ命中し、さらに蜘蛛の巣状に亀裂を広げる。三発目も同じ場所に当り、窓に映ったアレクの顔は完全に白く砕けた。
アレクは気付いた。
何もかもが嫌いなのは、その巨大な存在に対し、あまりにちっぽけな自分だったのだ。
何もできず、ただ立ち尽くしたままの、八歳の自分――。
俺が殺したかったのは、無力な俺だったんだ・・・。
アレクは窓に映ったセージに向って聞いた。
「・・・何の希望だ」
「僕を、殺して欲しい」
アレクは構えたままの腕をそのまま平行移動させ、セージの顔面前で止めた。
「なぜ」
《僕は、人間じゃない》
合成音声でセージが言うと、アレクは眉間を寄せた。
「アンドロイドは、自ら『死』を望んだりはしない。それともお前は、自殺願望癖の個性派タイプか?」
「分からない。そうかもしれないし、違うのかもしれない・・・『僕』は以前の僕と同一な人物なのか、それともコピーされた時点で、『僕』は僕のAダッシュになってしまったのか・・・僕が本当に『僕』なのか、僕には分からない・・・」
セージは自分の胸元を掴んだ。
「博士は僕のことを〝ヒューマノイド〟。もしくは〝リジェネ・スピラー〟と名付けてくれた・・・」




