5-02 存在理由
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一番大きなパネルは跡形もなく粉砕し、消火雨の中で煙を立てていた。デスク・コンピューターも全てが停止している。床の固い感触。
「―――うっ・・・」
ラーヴィーは意識を取り戻し、自分の上に何かが重なっていることに気が付いた。さらさらと白い煙のような雨が降る中、機械がショートする音が聞こえている。焦げ臭い。上に被さっている赤黒いものをどかすと、「うっ」と苦痛の声を漏らした。
「ム、ムイっ・・・」
薄らと目を開けたムイは、変わり果てた顔で無理やりに笑おうとしていた。全身が火傷を負っていて、服と皮膚の境目が分からないほど焼け爛れている。しかしそれも、彼が彼女を庇ってくれた為に得た最小限の被害だ。
「ムイっ」
「ハッ・・・ハッ・・・アア、顔、焼ケチャッタネ・・・」
ラーヴィーは涙を浮かべた。ラーヴィー自身も、顔の半分と肩や腕、背中を重度に火傷している。髪は皮膚に張り付き、残った方もバサバサと肩に垂れている程度だ。ムイはだるそうな腕をあげ、彼女の頬に触れた。出会った頃に「気に入った」と言ったのは、強ち冗談でもなかったらしい。
デスクの上や遠くの床に、黒こげになった援護団とロボッツが横たわっている。息をしている者はおらず、その指先すら動くことはもうない。火傷を負った二人だけがその部屋に取り残されたかのように思われた静寂の中、デスク・コンピューターの陰から赤い人影が立ち上がった。
ラーヴィーはゆっくりと潤んだ瞳を見開いた。いつの間に移動したのか、燕尾服の青年は全く別の位置に立っている。衣服は僅かに焦げているだけだが、死人よりも死人に似た顔で立ち竦んでいる。その瞳に映る絶望前の虚無色が、鮮やかに淀んでいる。
セージは両手を見た。また死ねなかった。彼女が子供を産んでいたことを思い出した衝撃。その一瞬の間に【第三条】が働き、本能に似た無意識がデスクの裏側に体を逃げ込ませていた・・・自分が情けなくなって、泣きたくなってくる・・・鼻の付け根や目頭が熱くなるような気がするのに、泣くことすらできない。
ふと視線を落とし、足元に落ちているイヤホン型の通信機を見つける。向こう側の人間はまだ生きているようだ。小さく音が聞こえる。
唯一の出入り口であるドアは、信号の混乱によってガコン、ガコンと何度も開閉を繰り返している。その隙間から、警備ロボが通り過ぎるのを見つけた。
「――どこへ行く?」
その中の一体がドアの前で立ち止まると、【支社長室です】と答えた。
「そうか・・・負傷していないロボットは、もういないのか?」
セージに敬礼しているロボットは片腕だった。
《残った四十三体中、負傷していないロボットは二体です》
「そう・・・もう行け」
乾いた音が背中を穿つ。セージは半歩分、前方へと揺らめく。背中に違和感を感じて後方へ振り向くと、女兵士がこちらに銃口を向けていた。意識が朦朧としているのか、目の焦点が微妙にずれている。
セージはラーヴィーを見つめ、横たわっている青年を見た。
「・・・何のために、そこまでして戦う?」
はっ、と息を吸ったムイが、セージの方へと視線を上げた。
「生キル理由、手ニ入レルタメ・・・」
ラーヴィーは振り絞るように言った。
「存在理由を求める、バカな仲間達の、ためにっ・・・」
数秒の沈黙。
セージは目を瞑り、言葉の意味を吟味し、口角をあげた。
「そう・・・」
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