4-12 死神の祝福
アレクはアンドロイドから視線を流した。
「ひっっ」
頭だけを見せたノイスは、目が合うと一瞬でデスクの下へと姿を隠す。
「あ、あああ、悪魔めっ。この死神っ。死ねっ。地獄へ戻れっっ」
ノイスは床に落ちていた銃を拾うと、敵の姿を見ないまま闇雲に発砲した。わめき声が銃声に混じるが、銃弾はアレクが避ける必要もなく、壁や床に当って弾けてゆく。
アレクは立ち上がる湯気のような殺気を身に纏い、仇の元へと歩き出した。
【現世で神に見放されし者・悪魔に気に入れられし者は、使者の迎えと共に地獄へと落ちる。黒衣をまとった地獄の使者には顔がなく、また情けもない。フードの中から光る両眼は現世での罪を全て見通し、この世とあの世を繋ぐ血溜まりの中から現れし死神は、これまで迎えた人間の血で赤い足跡を作りながら、新たな客人の前へ訪れ、その魂を地獄へと引きずり落とすだろう・・・】
――その言い伝えが、ノイスの前で現実のものとなった。
弾切れになり、デスクの上に頭を出したノイスの目の前に、無傷のアレクがいる。血を吸ったローブの裾からは血が滴り、赤い足跡が血溜まりから続いていた。
ノイスへ『死神』が言った。
「地獄へ落ちるのは貴様だ・・・」
◇*◇*◇*◇*
さらさらと雨が降っていた。薄暗い部屋で緑色の光を浴びているセージの顔は、ロボットには不可視の、絶望色に染まっている。
《一年前の爆発事故で生き残った実験体の中で、ウイルスへの対抗能力と新薬実験を行ったグループに、奇妙な変化を見つけた。彼らは全く、〝変化しない〟のである。
数日前に職員の目を盗んで検体の全員が心中してしまったが、ベルガ博士が隠していたのはこのことだったらしい。監視映像により、セージ=サクトが爆発事故の重要参考人であることは認めたが、それ以上の証拠は全て彼が握り潰しているようだ。
上層部も事故の方面で片付けたいのか、事件に関する捜査には消極的である。
この実験に関しても、わたしが担当するどころか報告書さえ渡ってこない。医学班最高責任者という肩書きは、所詮父親の権力で掠め取った幻想に過ぎないのか・・・若輩は信用に足らないのか、それともわたしがムーロイディだからなのか・・・。
ベルガ博士は同じ人種である筈のわたしを邪険に扱っている。セージもそうだった。いつもわたしをバカにしている節があった。あの、何もかもに恵まれた青年は、今天国で何を思っているだろう?わたしのことなどすでに忘れているだろうか?わたしの気持ちなど気付かずに・・・それともあのアイスムーン・アイズは、全てを知っていて無視していたのか・・・ああ、あの男のような下僕が欲しい――》
《一度悪魔風ウイルスに感染させたのち、新薬のワクチンを投与した実験体に、予想外な反応が見られた。十五人中四人が、成長を止めたのである。過度のストレスによる成長停止を考慮に入れても、彼らの成長は観測されていない。
四人の実験体の推定年齢は十四~二十四。一般的には成長が止まる要素のない、健康体である。しかし一年前の身体データから、その成長が衰退し、個人差はあるが新薬投与から半年で、四人全員の成長が停止したことが判明。さらに半年たった現在でも、その成長が再発される兆しは見られない。
また身体能力検査の結果、通常平均よりも早急な自然治癒が行われることが判明。これは新薬投与後に現れた症状であり、新薬による体質変化であると推定される。
これを前提としたマウスでの実験を行った結果、新薬を打っただけのマウスには変化がなかったが、ウイルスに感染したのちの新薬投与では、その成長が止まったマウスが発見された。
通常のマウスには変化はなく、メロカリナ人の血を予め投与しておいたマウスだけに現れたデーターである。また、変化したマウスにもある種のルールにのっとった適合性があるらしく、全てのマウスに変化があったわけではない》
《新薬の効果を調査するため、スラムでの人体実験を行った。当初の被害者予想は一万人程度を予想していたが、空気感染しない筈の悪魔風変異種は、不衛生な環境下で免疫力の不足した者達に反応し、その被害を三万人強に増やした。
そのうち新薬治療を受けたのが一万五千人弱。三年前に行ったその実験で、期待していたデータは観測されていない。スラムの人間は栄養不足による成長不全が日常的かつ、医療施設の利用が当社の予想以上に少ないことが原因のようだ。
やはり〝不老不死〟の実験はメロカリナ人が適正だと思われる。引き続き、二十年前に逃走したメロカリナ族の生き残りを捜索せよとの――》
《百五十年前から本社で保存されている精子と、例の爆発事故前に採取してあった検体の卵子を使用し、人工授精を試みた。受精卵の名前はなぜか『アレイル』と決まっているらしい。変更がなぜかできない。代理母となったのはスラムの少女だ。
わたしは完璧な部下が欲しい。姿も能力も、全てだ。アンドロイドではダメだ。人間でなくては。セージ=サクトは完璧とは言い難かったが、わたしの理想とする下僕のイメージに一番近かった。彼のような下僕が欲しい。その為の実験だ。
数年後には、悪魔風の変異種での実験をスラムでおこなう予定となったそうだ。その時に代理母には消えてもらうことにしよう。念には念を――》
「インストール中止・・・」
セージは無表情で呟いた。
即座にマザーが反応し、セージへ情報を送るのを中止した。