4-09 身体データ
「はじめに薬酒白湯を飲ませて体を浄化し、次に血を飲ませればいい」
得体のしれない水で薄められた遺伝子操作されていない草汁を息子に飲ませるというのは、ひどく勇気のいることだった。
(――――途中省略。クリフォードの内観―――)
しかしわたしは、『飲ませる』という行為を選択するに至る。息子は驚異的なスピードで回復をはじめた。これまでに把握しているどの資料にもないほど、彼女の血液は上質なワクチンだったようだ。約半日で息子は意識を取り戻し、明瞭な会話をはじめた。一日もすれば起き上がることができるだろう。
様々な資料や文献により、百五十年前におこった『悪魔風』のワクチンが、ある特殊なDNAを持つ一人の人体から生成されたということは知っていたが、今回の旅で、わたしの先日の決意は関係なく、終了しそうである。
一族の歴史で、大きな病が流行した事実はないと彼女は言った。つまりメロカリナの遺伝子異常は『ウイルスへの驚異的な抵抗力を持っている』という予測に信憑性を付属させることになる。
ガンやある種の病状に関しての発生を、先天的に不可能とする遺伝子を持つ人類は過去に何例か発見されているが、わたしの予想が当っているなら、少なくとも百五十年間、彼らの血は特殊性を継承していることになる。おそらくは一族間、またその周辺民族との長年の交配がそれを可能とさせたのだろう。
全人類に奇跡をおこしたあのワクチンが、メロカリナ族の血液であるということは、わたしの中で確信へと変った・・・》
セージは四十五年前、十四・五歳だった頃を思い出した。記憶の中では、まだ四年前の出来事である。あの時は苦しかったし、本気で死を体感した。
「・・・父さん・・・」
彼女に助けられたと知ったのは、十九歳で死ぬ数日前。父が亡くなって、三年になろうかという時だった・・・極秘データーの中に、父の日記を見つけたあの日――セージはこの日記を読んで、初めて「父」というものを近くに感じたのだった。
《十五人のXXによる絶食実験は、予想外な――》
《他民族との掛け合わせによる遺伝子の変化を知るため、数人のXXに人工授精を――》
《――八十八番までの検体が、精神的ショックだと思われる突然死――》
《―――――――――今回の実験を実行に移す理由は、彼の父親クリフォード=サクトの手記に信憑性があると判断したからである。なお、今回の実験に研究員であるセージ=サクトの、直接的な介入は許可しないものとする。シュミレーション・データから、この実験を知ることで、彼に壊滅的な精神ダメージを負わせるという結果が出たからである。計画を知ったクリフォードが自殺をしたところから考えても、彼と同じ環境で人格形成期を過ごしたセージの精神構造は、彼と共通点が多いと予想され――》
《実際にレベル5のウイルスを、十~五十歳――身体データ予想――のXX・XY十名に投与したところ、通常の感染スピードより著しく進行が遅く、またその免疫力には前例をみないほど驚異的な――》
セージの体は寒さに怯えるように小刻みに震えていた。存在しない筈の脳までがぶるぶると震えだし、膨大なデーターへの精神的許容量が限界を超える。眼球の裏に【これ以上のインストールは危険です】と言う文字が点滅表示されるが、自制ができない。
情報伝達が混乱して脳内にアクセスが始ると、セージの要求通り、『四十年前』というキーワードに反応し、情報が引き出されはじめた。
「あ・・・ああっ・・・・」
赤い文字が点滅している。
《これ以上のインストールは危険です。中止して下さい》
『――ファレガ?』
セージの脳裏に、走馬灯のように四十年前の記憶が再生されはじめた。
『どうしてファレガの身体データーが・・・』
『なんてことだっ。人体実験っ?メロカリナ族のっ?どうしてっ――』
そうだ。ベルガ博士が用意した精神科医には、忘れているフリを演じていたけれど、僕は本当に忘れていたんだ。
あの爆発事故は――。
『早く助け出さないとっ・・・ああ・・・ダメだ。僕の力では・・・いち社員の意見が、通じるわけがない・・・サロイディ以外の人権なんてっ・・・」
僕は父の死に疑問を持ち、父の資料や関連事項を調べていた。〝マザー〟にハッキングをして・・・そして――僕は、あの恐ろしい記録を見つけたんだ。
『こんなに酷い実験をっ?僕の・・・僕のせいだ・・・僕の――・・・父さんに同行したいなんて言わなければ・・・』
頭の中で、男でも女でもない合成電子音声が警告を発する。
《これ以上のインストールは危険です》




