3-16 「ワン・モア・プリーズ」
狙撃隊が必死でスコープを覗き込むと、だんだんと煙が晴れてくる。バリケードを作っていた楯は何重にも折り重なり、現場はほぼ全滅に近い。その数人も針が掠ったのか、通信の途中で意識を失ってしまった。
「ウイルスかっ・・・?本部、応答を願うっ」
《――こちら本部。本部からの命令。狙撃隊は次の命令まで待機せよ》
「なにっ?何故――」
《〝上〟の命令だ。狙撃隊は次の命令があるまで待機せよ》
狙撃隊のリーダーは耳に埋め込まれた通信機器で本部との通信を取ろうと試みたが、妨害電波が放たれたようだ。強いノイズが入って使用できなくなった。頭痛と耳鳴りに顔を歪めると、機械補助された目が赤く光った。
「くそっ。何者だ、〝ダーク・マター〟とはっ?」
◇*◇*◇*◇*
巨大な油絵の、レプリカである。金色の額縁に入った画は、ルーレット・スターカードの、【旅人】。うしろ姿の男が、前に一歩、踏み出そうとしている姿。正方向のメッセージは『新たな旅立ち』『新天地』『変化』。つまりは洒落めいた暗号で、緊急脱出用のエレベーターであることを指している。
前から来た通行人を避けるかのように、巨大な画が横にスライド。隠れていた箱型の空間から、黒い衣を纏った人物が出て来る。フードの奥から唯一見える水色の瞳が、尋常ならぬ覇気を放っていた。
VIPルームに監視カメラは付いていないが、廊下の壁や通風口、絵画の陰影の中に、極小のカメラが付いているのだと〝ブルー〟は言っていた。しかし今のアレクには、さほどの興味が無い。
――奴がいる。ノイス=シューゼンが、この階に。
アレクの脳内で、ストッパーが外れた。
覚醒。
全解放を抑えるため、深呼吸。
廊下は左右に真っ直ぐと伸びている。頭の中にある支社長室への地図を思い浮かべ、アレクは左の道を選んだ。透明なドアの前まで来ると、人間の存在を感じ取った認証システムが始動し、ドア上部に設置されたスピーカーが喋った。
《個人の網膜確認、声紋確認、指紋確認、暗証番号の提示をして下さい》
アレクは十字架型の鍵を、ドアの鍵穴へと指した。左に一回、右に二回の回転。
鍵の中に仕込まれた認証システム回避情報が流れ出し、コンピューターにハッキングが行われ始める。瞬時に侵食が終わり、アレクは高性能の音声記録再生機内蔵の、十字架の宝石部分に触れた。中年の男の声が発せられる。
《社員番号5587、エドワード=ウイン、ター、ズ・・・》
ドアに取り付けられた黒い画面に、『もう一度言って下さい』と出る。
《音声記録と声紋一致。しかし異なる発音であるため、認証できません》
アレクはもう一度ボタンを押した。やはり少し、発音がおかしい。もしかすると戦闘の影響で故障してしまったのかもしれない。
《ワン・モア・プリーズ》
アレクはもう一度だけ、ボタンを押してみた。やはりクリアされない。
《ワン・モア――》
合成音声が話し終わる前に、アレクはマシンガンをの引き金を引いた。乱射した弾がスピーカーを壊し、カードと鍵を差し込む認証部分を壊した。凄まじい大きさのブザーが頭上で鳴ったが、アレクは無視をしてドアを蹴り開けた。
廊下の内側についてる監視カメラは、この部分からは作動しない。
そのかわり侵入者用の対戦マニュアルが作動した筈だ。ずかずかと歩いていくアレクの前に、連弾ライフルをかまえた警備ロボッツが四体、駆けつける。
《止まって下さい》
「断る」
アレクはマシンガンを乱射した。ロボッツがうしろへと倒れていく。廊下の壁の一部がスライドし、保管されていたロボッツが始動した。
《止まりなさい》
運動機能を著しく上げたものらしく、踏み込んで来る姿勢が今までとは違う。
カドケウス社のロボッツは、三年前のオリンピックで人間と開会式を行っている。あらゆる種目の運動機能をプログラムされたタイプで、つまりカドケウス社は世界のトップアスリート達のコピーを所有している。
バランス力が強化されたロボッツは、素早い動きで足を上げることができる。片手で倒立できる程に精巧な作りなので、通常の人間はそのスピードに追いつかず、金属でできた彼らの攻撃に耐えられない。
しかしアレクは、『通常』の血族ではなかった。