1-03 ターシュイド
「気が向いたら来てちょうだいね。フィーの友達なら特別サービスしてあげる」
「友人ではない」とアレクは言いそうになったが、彼女は小さな鞄を腕にかけ、「じゃ~ね~」と手を振りながら帰って行く。
そもそも女と接するのが苦手なアレクは、仕事終わりと同じぐらいの疲れを感じた。
「・・・あんな元気そうな奴、どこに補助が必要なんだ・・・」
独り言のつもりだったが、ファルクは「精神にだ」と言った。
「あいつは重度の整形依存症だ。ほとんど原型がないぐらいにいじってるらしい」
「神から授かりたもう体にか・・・」
「どんな体を授かるかにもよる。神を出すなら、医学や医術はすべて異端だ」
アレクは渋い顔で眉間を寄せた。
メロカリナ族は砂漠地帯に住み太陽信仰をしていたメレーロ族と、山岳の温泉地帯に住み大地信仰をしていたカリロア族が融合してできた一族である。テクノロジーとは無縁の生活をしている彼らには、整形技術がない。
医者はいたようだが、どの程度のレベルだったのかは不明だ。未だに加持祈祷があった部族だからあまり期待はしていないが、立体映像の僧侶が葬式の経を上げ、コンピューターが弾き出した戒名を買うような時代なので、それに関しては何とも言い難い。
どちらにせよ、自然はあるがままに、という思想が根本にあるので、医術以外の目的で体を変えるというのはどうも釈然としないアレクだ。釈然としない自分に違和感を感じているのに気付き、少し腹が立つ。
思考を切り替える。
「あの女、どこかで見たことがあるような気がするな・・・前にも接触したか?」
「いいや。整形前か――・・・CMで見たんじゃないか?子供専用番組のチャンネルで、〝ラーヴィー〟のCMが流れている」
「娼婦が子供番組に?」
「いや。子供の間で二十年以上も流行ってる、白人種系の人形だ。プラチナブロンドに赤い瞳。ウサギを擬人化したみたいなスレンダービューティー。あいつはそれに似せて整形したらしい。栗色巻き髪でそばかす顔だったのが原因で、昔イジメにあってたそうだ」
「・・・このご時世に?」
「黄色人種と白黄混合系が多い孤児院じゃ、明きらかに純粋の血が異端だったんだろ。皆に好かれる存在になりたい、と言うところだ。コンプレックスを抱えて一生過ごすよりはだいぶマシだ。お前みたいに料金の支払いを延長しないしな」
そう言われると、発言しにくくなるアレクである。
ファルクは六個の穴が開いている金属の箱を取り出し、アレクに見せた。その穴と同じ大きさの弾丸を台の上に転がす。
「ミニマム・ロケットランチャーだ。弾数は少ないが、デカブツ相手には即戦力になるだろう」
「まだ〝受ける〟なんて言ってない」
「発射は簡単だ。神経と繋ぐから、敵に向けるだけで自動に飛んでいく。振動緩和装置と暴発阻止装置を積めば完璧だ。試作品だからな。特別に料金は無料にしてやろう」
アレクは闇の機械屋を冷ややかに見つめた。
「何か問題があるだろう」
「なぜ」
「無料より高いものはない」
「ふむ・・・」
ファルクは顎鬚を撫でた。
「まぁ、一つだけ問題があるのは確かだ」
「何だ」
「さっきより重くなる」
「却下だ」
アレクはメンテナンスだけを終え、安アパートへと帰った。
気休めに三重になっている鍵を閉め、ある程度ドアの外側に立つと反応する警報機械のスイッチを入れ、日常の習慣を終えてため息を吐く。
バスタブでシャワーを浴びている間、アレクは紹介された仕事を受けるかどうか考えていた。
髪を掻きあげているその間も、彼は義足で立っている。
神経を繋いでいる義足は取り外しが難しいし、少なからず生身の部位に負担がかかる。標準の義足も一応の防水はされているが、どうしても取替えや修理の回数が多くなるのが現状だ。防水カバーを付けるのが一般的である。
しかしアレクは、いつでも戦闘ができるようにそれすらもしない。
敵によっては水上戦や水中戦も考えられるため、水中に長時間浸かれるように特別製の完全防水加工の塗料を細部品にまで使っているからだ。
ただでさえナーヴ・メカは高額なのに、完全防水やその他の戦闘に有利な改造は、意識が遠退くほど金が出て行く。
今では戦って稼ぐために改造しているのか、改造料金を払うために戦っているのかすら分からない状況だ。
ファルクの実験体になっているから割引がきくものの、『通常の客』ならば生命保険をかけて首を括っても・・・いくらか足りないかもしれない。
風呂からあがると、鏡台に映っている自分と視線が合った。
アレクは適度に焼けた肌をしている。金茶色の髪は濡れると色が濃くなり、鍛え上げられた体に水滴が流れている。瞳の色は水色だが、アレクはムーロイディではない。
メロカリナ族は『少数』とか『希少』とか『特異人種』と言われる〝ユーノアス″だ。母親はユーノアス・スターソイド。父親と思われる男は黒白混血人なので、アレクはユーノアス・多種混合系だ。