3-14 始まった連弾
至近距離での投下は臆したが、ラーヴィーは仲間の腰にぶら下がっていた手榴弾のピンを口で抜くと、「走って」と叫びながら、二つを同時に敵に向って投げた。部下もそれに続き、いくつかが同じ方向に投げ込まれる。逆方向へと走り、ケンタウルスズの攻撃が届かない防弾ガラスの方へと飛び込んだ。
ケンタウルスの両目から赤いビームが放射されたが、ヘラの最後の一人が攻撃不可位置に飛び込んだ一瞬あと、床に深い傷跡をつけただけだった。
凄まじい音と衝撃と同時に、武器の一部やケンタウルスの頭部が四方へと飛んで行く。
残骸が黒煙を上げている間に、〝ヘラ〟は助っ人の隠れていた柱の影へと走った。低い姿勢のまま目的の場所までたどり着くと、あたりを見渡して隊長と副隊長は顔を見合わせる。
「ドユ事?」
部下が四方向ある廊下のうち、一番近い二つの入り口付近を調べるが、そこには死体の残骸すら見当たらなかった。
変装の為に短髪になっているラーヴィーは、困惑しながら首を傾げた。
「守護天使様でも出たのかしら?」
「〝オ化ケ〟ミタイニ言ワナイデヨ。宗教持ッテナイクセニ」
「何よぅっ。どっちみち、助けられたんだからラッキーでしょっ。ほら、行くわよっ」
移動していくテロリスト達の気配を見送り、廊下の入り口の角壁に両手足を突いて張り付いていたテトラは、音静かに着地し、気配達が過ぎ去った方向を見た。
「どうしてラーヴィーが・・・」
ポシェットの革紐を握り締め、険しい顔の少女は呟いた。
「あと・・・三つ・・・」
◆*◆*◆*◆*
ミカナスは震えながら、会場の入り口を見つめた。転倒したテーブル、死体や死体直前の人間、故障して何かを呟いているロボットが視界の中にある。それすらも認識できなくなってくると、ミカナスはふと、走馬灯に襲われた。
今になって思えば、それほど悪くはない人生だったと思う。
「俺の・・・シャン・・・ビー・・・」
ミカナスは投げ出された腕で、誰かの幻想を掴もうとした。まぶたが、重い・・・
ミカナスはゆっくりと目を閉じた。何もかもから、力が抜けていく。
数秒後――。
彼の脈拍が完全に止まった瞬間、体内のスイッチが入った。
脳みそを揺さぶるようなけたたましい爆発音と共に、建物が崩壊を始める。
テトラは目を見開いて階下に視線をやった。
色んな方向に向って、床がビリビリと振動している。
アレクとリカルトはパーティー会場に振り返った。
ラーヴィーと援護団は構わず走っていたが、ムイはふと、背後へと振り返る。
「・・・ミカナス?」
――空耳だろうか?名前を呼ばれた気がした。
「ムイ、行くわよっ」
ムイはかぶりを振って不安を飛ばすと、その精緻な顔立ちに気合いを入れ直した。
「私ノデゥバーナ、死ヌ筈ナイネ・・・」
「今のは・・・」
リカルトは複雑そうに呟き、諦めを外に出すかのようにため息を吐いた。
アレクは無言のまま石膏の像を睨んでいる。
『ダビデ』の胸の下までを切り取ったような白い像は、右斜めの空中を仰いでいる。
像を支えている柱には、鍵穴らしきものとパスワード入力ボタンがあった。
リカルトは十字架の長い部分をその鍵穴に差し入れようとする。
「違う・・・そこじゃない」
「え?」
アレクがさくりと左目に十字架を差し込むと、像の右目が青く光った。二人からは奥手にある虹彩のくぼみが、棒状の鍵に反応して鍵穴を現したのだ。
壁にすっと切り込みのような線が入ると、それが割れてドアが開いた。中には三人ほどが入れる長方形の空間がある。VIP用のエレベーターだ。
「なるほど・・・マレキリート派の〝裏切り者〟だね?」
「五章二十二節【神は天から十字架をお落としになった】・・・仲間を裏切り逃亡していた途中、金を手に天を仰ぎながら高笑いをしていたその男は、左目に落ちてきた十字架が刺さって死んだ。目の前の物質に目が眩んでしまった罰として、『逃げる者』の番人となり、門の前に現れる旅人が間違った手順を行うと、その瞳から炎を吹き、灰にかえる」
「さしずめレーザービームでも仕込んであったわけだ?」
「そういうことだろう」
「ふぅん・・・」リカルトは数秒沈黙し、「じゃあ・・・もう行くね」と呟いた。
「僕の目的は、カドケウス社に痛手を負わせること。僕の復讐は終わった。あとは逃げるだけ。シティに戻るよ」
「それも一つの道だろう」