3-10 騒音の中
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ラーヴィーとムイは混乱する会場の中、指定された円形のテーブルクロスの中へと滑りこんだ。従業員という立場を利用して、着替えが準備してある。黒のアーミーズボンと、防弾シャツ。武器、特殊ゴーグル。
ムイは順調に着替えを始める。
ラーヴィーはベルトを外すのに手間取っている間に、テーブルクロスの隙間からリカルトを狙っている社員を見つけ、背中へと腕を回す。兎毛ポシェットの中に手を突っ込み、反動の小さいミニガンを二・三発撃った。命中。
ムイは上着を着替えている最中、テーブルの下に潜ってきた一般人と目が合った。咄嗟に顔面を拳で殴ってしまい、気絶させてからはっと我に返った。鼻血を噴いている民間人への罪悪感なのか、拳に鼻血がついたことなのか、ムイは残念そうに言った。
「ア~ア・・・」
《ムイッ、生きてる?》
ムイはイヤホンから聞こえるラヴィーの声に答えた。
「ハーイ。大丈夫。生キテルヨッ。今ドコデスカ~?」
《テーブルの下よ。早く片付けましょうっ。準備はいい?ゴーグルはかけた?》
「カケマシタヨッ」
《じゃあ三・二・一、で行くわよ?》
「オーケーイっ。参・弐・壱っ、ゴーっっ」
《早いわよっ》
二人は銃を片手に、テーブルを飛び出した。一般人と同じ出入り口の扉から出て、コンピューター・ルームへと向う作戦だ。従業員の首根っこを掴んで人質にすると、スパイである人質の悲鳴が上がる。合図を聞いて、黒集団の援護射撃が始った。
〝社員以外の殺生はするべからず〟。しかし被害者達がそんなダーク・マターの戒律を知る由もなく、無様に泣き叫んでいた。
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続々と各階から集結してきた警備ロボに、ミカナスとその他の援護団は手を焼いた。
アレクはステージの奥から戻って来ると、テーブルの上を軽々と飛び越える。険しい顔でミカナスの背後にいる警備ロボを撃った。
「くそっ。いないっ。奥はもぬけのからだっ。壁にも柱にも扉がないっ」
「一度誰かが入って移動すると、扉は開かなくなる仕組みなんだっ。しかし階下には行かない筈だ。爆弾が設置されていると宣言したっ。もし屋外へ逃げても、待機している狙撃班から連絡があるっ。俺達は支社長室へ向うぞっ」
ミカナスとアレクは銃を撃ちながら、警備ロボの弾丸を障害物を作って避けた。テーブルを返し、時には銀の盆を投げて気を引く。アレクのその右拳には、わずかな出血のあとがある。おそらくノイスが隠れたであろう壁や柱を叩いたに違いない。
相手にはロック・オン機能がついているので、確実にこちらの動きを狙ってきた。それでもメレノバスの精鋭である。ミカナスはテーブルの上を転げ、警備ロボの背後に回り込んで頭部を撃ち抜く。
ムイは広場の真ん中あたりを走っている。警備ロボの腕から放出されるネットが空中で大きく広がり、咄嗟に体を切り返す。しかしその警備ロボのもう片方の腕――・・・その装着された銃は、確実にムイを狙っている。
それに気付いたムイは大きく目を見開いた。引き金が引かれる一瞬前、ミカナスは銃を乱射した。数秒衝撃に耐えていた警備ロボだったが、ぐしゃりと床に倒れる。
ムイは笑顔で恩人に振り返ったが、既にミカナスは素早く身を翻し、床を転がって弾丸を避けていた。死角から襲ってきた空中を浮遊した目玉のようなロボは、カメラのズーム機能のように照準を合わせると射撃してくる。六枚の薄い金属板を高速で羽ばたかせ、虫の様に不規則に動く、不気味で少々滑稽なロボットだ。
「ミカナスッ」
ミカナスは動揺しながらもそれを数発で落とした。背後にる筈のムイに向って、その姿を見ることもなく叫ぶ。
「何をしているっ。早く行けっ」
ムイははっとして銃を握り、走り出した。それを狙って目玉ロボがどこからか現われたが、アレクはテーブルと警備ロボの肩を踏み台に空中に飛び上がると、目玉ロボをボールに見立てて蹴り落とした。ついでに警備ロボの脳天を弾丸で貫く。
壁に叩きつけられ粉々になった目玉ロボの残骸が床に散った。
出入り口に殺到した人々は倒れて地面に這いつくばり、ムイとラーヴィーの絨毯になった。援護団もあとに続いたので、骨の一・二本折れた者はいるだろうが、死者が出なかったのは幸いだ。
リカルトは双口銃を構え、ラーヴィーとムイの背中に向って叫んだ。
「僕は一般人の退路をとるからねっ」
「了解っ」
「マカセタヨ~」