表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
44/83

3-09 ベルガ博士の死

 セージはすでに黒煙を抜け、部屋の隅へと避難していた。ゴホゴホと咳をしている博士に気付き、博士を壁側に、自分の背中を敵側に向けた。


「ドクター。ドクターッ、血がっ」


 博士は血を吐いた。いつの間にか、腹に銃弾を受けている。流れ弾だろう。博士はセージの腕を力強く掴み、握り締めた。咳をする度に、口に添えた指の隙間から血が漏れる。


「行きなさい、セージっ・・・」

「何を言っているんですかっ?」

「行きなさいっ。逃げるんだっ」

「博士を置いてなんてっ」

「今ならまだ間に合うっ」


 博士はセージを見上げた。アイスグラスの反射の関係で、一瞬だけ博士の黒目がセージに見えた。彼の目は、真剣だ。


「君の人生を歩みなさいっ。行くんだっ。わたしはもう助からない」

「博士っ?」


「行くんだっ。行けっ。わたしは間違っていたっ・・・君を蘇らせて、恐ろしくなった。不死の恐怖、そして愛している者に拒絶される恐怖っ。君に拒絶されるだけで、わたしの精神はこんなにもダメージを受けているというのにっ・・・死なない体に蘇った時、彼に――クリフに君のように拒絶されたら、わたしはっ・・・わたしはっ・・・」


 ゴホォッ、とベルガ博士は大量の血を吐いた。セージのスーツに飛沫が飛ぶ。


「博士っ」

「行くんだっ・・・」


 博士は弱弱しい力でセージを押した。


「わたしが死ねば、君の存在を守るものは誰もいなくなってしまう。君は半永久に生きながら、実験体として扱われるかもしれないんだ。そうなる前にっ・・・早くっっ」


「博士っ、僕にはっ・・・僕にはどこにも居場所なんてっ」


「見つけるんだっ。自分の力でっ。君ならできるっ。君なら――」


 博士は前かがみになった。自分で自分の体を支えられなくなったのだ。セージは博士の名を呼びながら、その体を抱き起こした。ベルガは浅い息をしながら、今までに聞いたことのない優しい声で言った。


「君がわたしと同じように、ひとりの人間を愛していることは理解している・・・気が狂う程に。自分を犠牲にしても、運命や神の意思に逆らってでも、手に入れたい存在なのだとっ・・・・・・君の恋人が実験体の中にいたことは、おおよそ見当がついている・・・セージ、諦めてはいけない・・・あの事故のあと、実験体のうちの数人が行方不明になっている・・・組織が残らないほど焼滅してしまったか、あるいは・・・あるいは――」


「彼女は生きているかもしれないと?この、この現代にっ?」


 博士の言葉には喘息が混じり、呼吸が過剰になっていく。


「そう、そうだ・・・そしてきっと、その姿はっ――・・・ああ、セージ、許してくれ。わたしは何と残酷なことをっ・・・自分が死ぬ間際まで、気付かなかったとは・・・セージお願いだ。実験のデータを、全て消去してくれっ・・・」


「何を――」


「お願いだセージ・・・もう二度と・・・」


 ベルガは何かを言いかけ、そしてゆっくりと項垂れた。


「ドクター・・・?ドクターっ、ドクターっっ?」


 セージは博士の肩を揺さぶった。背中越しに乾いた音が鳴ると、オレンジ色の髪が数本宙に舞った。壁には弾丸の傷跡が残っているが、セージは博士しか見ていない。ベルガ博士の心肺運動数値の低下を確認・・・周りの騒音が戻ってくる。セージはゆっくりと博士の体を解放した。立ち上がると、ぐったりと座っている博士を見下ろす。


「博士・・・どうして僕に、涙腺を作ってくれなかったんですか・・・あなたのために泣くことも、未来を思って泣くことも・・・僕にはできないっ・・・」


 セージはうしろへと振り返り、戦場と化しているパーティー会場を見渡した。

 世界の本質は、四十年前と何も変わっていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ