3-07 赤い髪
アレクは引き金を引いた。
回転して捻り出てくる金属の玉が、ノイスの眉間に向って空気を切り裂きながら進んでいく。軌道は完璧だ。サイレンサー特有のパシュン、という音と共に、眉間が弾けた。
「ちっっ」
アレクは舌打ちを打った。
ノイスは悲鳴をあげ、腰を抜かす。
停電から十秒で予備自家発電が発動、会場全体が点灯する。
地面に倒れたのはアンドロイドの女だった。
《第一条》の洗脳により、アンドロイドも人間を守らなければならない。アレクは再び、ノイスの胸元を狙って引き金を引いた。今度はアンドロイドの男。三度目は男でも女でもない。アレクが確実にノイスを狙って引き金を引くたびに、周りにいるアンドロイドが倒れていく。その間にもノイスは部下に連れられ、ステージの奥へ向っている。
「くそっ」
アレクはノイスを追った。人波をかきわけ、逃げ惑う人々とぶつかりながらノイスの背中を追う。死角に消える一瞬、放った銃弾がノイスの肩を掠めた。
「おい、グレイッ。〝例のモノ〟を手に入れるまで奴は殺すなっ」とミカナス。
「俺はあいつを殺るっ。そういう条件だっっ」
ミカナスはアレクを援護するため、彼を狙う警備ロボに銃を乱射した。
スーツを着た社員が護身用の銃を取り出し、ミカナスを狙う。
その社員をリカルトが撃った。
ラーヴィーとムイは入り口に殺到する人波を掻き分け、目的のテーブルへと向った。
マリードは従者の女に支えられ、体制を立て直す。
「何だ、これはっ。テロかっ?」
セージいわく〝平和ボケ時代〟を生きる上流階級たちと同じく、慌てふためくマリードの横で、無表情の少年が視線を巡らせている。その視線がふと捉えたのは、床に突っ伏している赤い髪の少女だ。
赤い髪の少女は、地震の衝撃で床に転げていた。はっとして起き上がり、逃げ惑う人々の足に踏まれながら、やっとのことで金属のボールを掴んだ。その頃には、顔に施した人工ルビーの飾りはこそげ落ちている。
テーブルクロス越しに、マリードと従者の足を確認。その先に車椅子の車輪と革靴が見えたが、この状況で正義や道徳を考えている暇はない。少女が金属ボールのスイッチを押して投げると、床に跳ねて予想外な方向に弾けていく。
ゴロゴロと転がったボールは、花を咲かせるようにカバーを広げた。
マリードとセージらの間で閃光を放った手榴弾は、一瞬の間に爆発を起こした。
セージは突然転がってきたボールを見て、目を見開いた。赤く丸みをおびた炎が咲き乱れるが、セージは以前よりも数倍も上がった身体能力で博士を助けた。
黒い煙が立ち昇り、視界は悪い。従者はドレステイルの中から瞬時に銃を抜き、マリードを庇っていた。運良く攻撃を避けたのだ。主人を先導をしながら、長い足を大またに駆けてVIP用のエレベーターへと向う。
「待てっ、今、確かにセージ=サクトがっ――」
「そんなことを言っている場合ではありません。お早くこちらにっ」
マリードがいくら見渡しても、黒煙で先ほどの場所は見えない。銃弾が目の前を掠め、怪力の従者に力任せに引っ張られてよろける。
「おい、”あいつ”はどうしたっ?」
マリードは従者の少年がいないことに気が付いた。テーブルやイスは転げ、辺りにはベリーソースなのか血液なのか、機械の油なのか分らない物がぶちまけられている。
「お早くっ。あの者には発信機が付いております。それより、お早くっ」
片側の横髪だけが長い従者は、会場の端へと主人を誘導する。マリードは銃弾の中を走りながら、それでも首を巡らせてオレンジ色の髪と緑がかった金髪を探していた。
緑がかった金髪が、まだ倒れていないデザートの隙間から覗く。金色の放射線がある薄緑の目を動かし、マリードの姿がなくなったことを確認した。テーブルに乗っていた銀のナイフを盗むと、少年は馬乗りになられている少女を見た。
赤いドレスを着た少女は、少年の顔を凝視しながら水色の目を瞬かせている。
「あなたは・・・」




