3-06 万華鏡
ノイスはまだ、気分よさげに演説を続けている。歴代市長、顔負けの長さだ。
ラーヴィーは隣にいるミカナスに「もうすぐね」と言った。緊張しているのか、表情がかたい。ミカナスは自然な動きでラーヴィーの顔をつかみ、頬を思いっきり伸ばした。
「い?い痛いっ」
ミカナスはにっこりと笑って耳元に顔を近づけた。
「落ち着け。爆発直前に表情かたくしたんじゃあ、後々お前の立場も悪くなるぞ」
「分はったわよ。放ひてっ・・・」
ラーヴィーは解放されると、大きなため息をつきながらほほを摩った。
「レディの顔をパーティーの席で抓る紳士なんて、一体どこの世界にいるのよっ」
「どうやらここにいたようだな」
ラーヴィーはふん、と言って顔を背けた。単独のシャツ袖についた、擬似ボタンの小さな時計へと目をやる。十一時、五十八分――。
「第一楽章がはじまるぞ・・・俺の情熱が下がれば、最終章までいっきに連弾だ」
「え?」
ミカナスは口の端を上げた。
「そうなったら、なりふり構わず逃げろよ?」
リカルトは食事を運ぶ隙を見て、黒い布の塊をテーブルの下へと放った。ふと、演説に聞き入っている上流階級とは別に、人波の中を移動する人影を見つける。赤いドレスにブーツ。肩までの赤い巻き髪。以前と変らぬ、愛らしい姿――・・・。
「あれは・・・」
ラーヴィーは視界の端に少女を見つけた。赤い髪をしている、水色の瞳の少女だ。明確な意思を持って、ロングヘアのサロイディに向って歩いていく。エスコーターを二人連れている男だった。ラーヴィーの大きな瞳が瞬いた。
「・・・テトラ?」
副社長サマエリナス=マリードは、ふと会場に入ってきた人物に気が付いた。カドケウス社創立に関わった男、ヘンリー=ベルガ博士だ。そして車椅子を押しているオレンジ髪の青年を見つけ、黒い瞳を見開いた。
憂鬱そうに俯いた横顔。伏目がちな灰色の瞳。白い肌。端正な面立ち・・・。
マリードはその人物に吸い込まれるように歩き出した。
ベルベットのスーツを着ている青年はまだ、彼に気付いていない。
市長と話しているブライアンは、ふと腕時計を見た。十一時、五十九分――。
赤髪の少女は、標的が移動し始めたのに気がついた。ポシェットに手を入れ、中のボールを握り締める。ごくりと唾を飲み、勢いよく前へと踏み込む。
アレクは隠し持っていた銃を取り出し、ゆっくりとノイスに向って構えた。
セージは、近づいて来るサロイディの男に気が付いた。マリードに関しての現在情報を持っていない青年には、まったく見覚えがない。
ふと、ベルガ博士が彼に気付いて片手を上げた。
「やぁ、マリ――」
サマエリナスは二人に声をかけようとして、口を開きかけた。
時限爆弾の赤い数字が、残り『一秒』を示す。
カチリ、と、旧式時計の秒針が十二時を指した。
ドォォォン・・・。
足元を揺るがし、心臓に反響するようなけたたましい音が響いた。
停電。世界は闇。何百にも重なった老若男女の悲鳴が会場を包んだ。
いや。何万人、だろうか。同じ頃、ダズロン市の一区画の、医療施設と独自発電施設以外の建物全てから灯りが消えていることなど、会場の招待客達が知りえる筈もない。
連続して凶暴な光が破裂するのと同時に、天井に向って射撃音が会場に飛び入る。従業員の通用口から黒尽くめの集団が侵入して来た。
用意していた台詞を叫ぶ。
「俺達の名は〝ダーク・マター〟だっ」
「時代を変えに来たっ」
「下の階に爆弾をしかけたっ。奇妙な行動はとるなっ」
「エレベーターは使うなっ。木っ端微塵だぞっ」
男達は警備ロボを破壊し、上流階級に対して威嚇射撃。手際よく監視カメラを壊した。
威嚇射撃とほぼ同時、ナンバー登録がされていない車がひしゃげた支社の入り口に突っ込み、中から武装した黒尽くめの援護隊が入ってきた。停電で混乱していた受付嬢と見送り係のアンドロイドを倒すと、非常警戒のサイレンが鳴る。
警備ロボの数は二分されることになった。