3-05 もうすぐだ
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会場の大きな入り口から、新たな客人が訪れた。
人々はステージに向いていて、それには気付かない。車椅子に乗った老人と青年は、高級なスーツに身を包んでいる。白手袋をしているセージの腕は、ただただ無感動にベルガ博士を運んでいた。
少し押すだけでスムーズに進む車椅子の車輪は、ムカデの足のように動いている。浮遊型は確かに優雅で上品だが、うしろから押すと進みすぎる傾向にある。それに段差には向かないのだ。効率的にどうこうというより、博士はこの、足の個々に電子回路が付いている車椅子がお気に入りのようだった。
「どうだ、セージ君。パーティーは四十年ぶりだろう?」
「僕の記憶の中では、事故にあう五日前にパーティーに出席していますから、そう合間はありまん」
「はは、そうか。そうだったな」
セージは灰色の瞳を細めた。その視線の先には、人だかりがある。
「ただ・・・僕が生きていた時には、こんなにもカラフルじゃなかった」
「女性陣のドレスは、いつの時代もカラフルだったろう?」
「いえ、そのことではありません」
「では、華やかな雰囲気のことかな?」
「いいえ、出席者の肌のことです」
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ノイスはさらに指を鳴らした。ステージの奥から新たな毛皮の集団が現われ、先に並んでいたアンドロイド達の列へと並ぶ。そういう設定がされているようだ。いっせいに毛皮が落ちた。
《今の段階では人種問題などでターシュイドが主流となりますが、このように白人系・黒人系・黄色人系の肌を持つアンドロイドも検討中です。年齢はロボット生産条約により、二十歳以上・四十歳以下のものですが、我が社はその全ての年齢・擬似人種を提供することができます。またXX・XY以外の性別を持つタイプ――、つまり『ふたなり』や『未分化性別』もおりますので、興味のおありの方はお近くの社員までどうぞ」
歓声と拍手がおこった。
アレクは嫌悪感で顔をしかめる。
アレクの近くにいた黒人の女が、憤りをあらわに独り言をぼそりと呟いた。
「人権侵害だわ・・・」
全くそうだ。作り物だと分かっているのに、この例えられない気持ちは何だ?外見だけではなく、食事も可能だと言う精巧な機械人形――。感性豊かなふりをしている人形に、夜は添い寝をして歌ってもらうとでも言うのだろうか?
しかも独り言を言っていた黒人女は、人間としての尊厳を言っているわけではなさそうだ。彼女が不快なのは、黒人の姿をしたアンドロイドに心外を感じたかららしい。彼女が連れているエスコーターは、鎖つきの首輪をしたムーロイディの『人間』の少年だった。
アレクは唾を吐きかけたくなった。実行できたら、少しは溜飲が下がるかもしれない。しかし今のアレクには、ウエイターを演じるという使命がある。それも全て、ノイスを殺し復讐を果たすためだ。今はまだ、我慢しなければならない。
アレクは懐中時計を取り出し、時刻を確認した。十一時四十七分。あともう少しだ。時限爆弾は十二時きっかり、夢のような魔法の時間を破裂させる。物的証拠さえも残さず、高級な虚言で着飾った『灰被り』の居場所を、灰まみれにしてやるのだ。
使用済みの皿を巨大な皿洗い機にセットするスパイは、壁にかかっている円形の時計を見た。コック達は何も知らず、働いている。――現在、十一時四十八分。
会場の一角に設けられたバーカウンターでは、曲芸を得意とするスタロイディの青年が客を魅了していた。ちらりと視線を外すと、通りがかりのムイが懐中時計をなにくわぬ顔で開き、微妙に角度を変えてやった。電子文字が現した数字は、十一時、五十二分――。
空になったグラスを補充しに来たリカルトは、背中で両開きのドアを開ける途中、壁の時計を見た。銀色に縁取られた時計が指すのは、十一時五十五分。皿に乗っている芸術的な菓子も、上流階級の腹の中に消える前に、粉々に姿を消すだろう。
会場に戻って来ると、説明会が始っていた。
人波から外れた場所に、車椅子の男とエスコーターの青年を見つける。一瞬知り合いかと思って視線をやったが、どうやら人違いだったようだ。赤いベルベットの燕尾スーツの襟には、金属の飾りが付いている。
「『ヴィナ』のデコレイション・スーツか・・・」
オレンジの髪がかかった片耳で、軍標を模したピアスが銀色に光っていた。
立体駐車場。五十分を過ぎると、潜んでいた黒尽くめの集団は車外へと出る。その腕には機関銃とピストル。顔は真っ白な仮面に覆われている。
駐車場に人気はない。訓練通りに社員用エレベーターに乗り込もうとしていたその時、一人の先客と鉢合せになった。スーツを着た中年の白人男は、銃口を向けられて両手を上げた。エレベーターから引きずり出される。
「待て。わたしは――」
見回りの警備ロボが現われ、黒尽くめ達のうしろをとった。《動かないで下さい》という合成音声が聞こえると同時、スーツの男は指輪式のリモコンを押しながら、「停止」と命令した。警備ロボの動きが止まり、銃を構えた腕が下に垂る。
「わたしはエドワード=ウインターズ。君達の味方だ。今後警備ロボと接触しても、絶対に十二時までは攻撃するな。一体でも破壊すれば、ネットワーク警報が発動されて、集合してくる」
中年男は指輪を外し、テロリストの一人にそれを渡した。
「わたしの足を撃て」
「なに?」
「わたしから、無理やり指輪を奪ったように見せかけるんだっ」
そう言ってスーツの男がピストルを下に叩くと、弾みで弾丸が発射。ウインターズは足を押えて地面へと倒れこむ。苦しそうな声を上げ、動揺しているテロリストを見上げた。
「さぁっ・・・、行けっっ。時間がないっ」
「どうしてそこまで・・・あんた社員なんだろうが?」
「今の社風は行き過ぎだ・・・ロボットの数が増える度、わたしは大量のリストラしなくてはならなくなった。昔の仲間もだ。我が身可愛さにっ・・・時が経つにつれ、自分が許せなくなっていく・・・」
スーツの男は脂汗をかきながら、アンティークの腕時計を見た。
「早く行け。五十六分だ。途中に洗い場と調理場があるが、そちらの警備ロボはすでに停止させてある。中で働いている社員も、抵抗するなと言っておいたっ」