1-02 義足
男はゴーグルをかけ、耳の横を押してズーム機能に切り替えた。黒いグラスが透明にかわり、青い電子映像が現われる。
東西南北の線がついた円が、アレクの義足をとらえて点滅した。視界がいっきに変り、機械と足との接続部分が拡大される。
黒光りする上蓋をはずして義足の中身を見ると、男は「うぅむ」と唸った。サーモグラフィ機能に切り替えて接続部分を見ると、多少負担がかかり炎症しているのが分かる。
「確かに軽くすれば負担は少なくなるが、そうすると強度が下がる」
「じゃあ、調度いい具合に軽くしてくれ」
男は珍しく口元を歪め、「簡単に言ってくれるな」と言った。しかしすぐに表情を戻すと、準備のために背中を向けた。
「もう薬が無い。もっと強いやつはないのか」
「まだ眠れないのか」
「十五分にまで伸びた」
アレクの一回の睡眠時間のことだ。アレクは慢性的な不眠症も抱えている。
「よくそれで戦えるもんだ・・・・・・まぁ、いい。帰りに渡す」
アレクは横目に気配を感じて振り向いた。
ラボと隣の部屋の間にはドアがなく、向こう側にソファーが見える。バスタオルを巻いただけの女がそこを横切ったが、本人は髪を拭いているのでこちらには気付かなかった。
アレクが眉間を寄せて上着の内側に武器を求めると、男が準備を終えて振り返った。
「俺を殺すとのちのち損するぞ」
「お前じゃない。あの女はなんだ」
ツナギの男は彼女の存在を忘れていたようで、アレクの視線の先を見た。
「・・・ああ・・・心配ない。お前と同じような関係にある奴だ」
アレクは眉間を寄せた。
「仕事関連か?」
「個人的にメンテナンスをしている」
一瞬見た限りでは、彼女の手足に機械的なものは確認できなかった。
「・・・何か補助機器を?」
「そう言うわけではないが・・・ある意味では精神の補助なのかもしれんな・・・」
男がそれ以上の説明をしなかったので、歯の奥に響くような音を聞きながら、右足の部品が軽量化されていくのを見ていることにした。
「・・・また借金が増えたな」
「一つ大きな依頼が入ってる・・・受けるか?」
オレンジ色の火花がぱぁんと咲いた。アレクは男に振り向く。
「俺向きか」
「さぁ・・・探偵と傭兵の兼任だ。ターゲットはカドケウス社の社員。その男が持っているはずの『ある物』を探し出し、依頼主に損失のないままに渡す。そしてそのことが成功するしないに関わらず、ターゲットを抹殺すること、だ。報酬は」
アレクは声を潜め、「おい」と言った。女がいるはずの場所に視線を移す。
「問題ない。言っただろ・・・同じ立場の」
「ねぇえ、フィー。私のネクタイ知らない?」
太もものあたりまである靴下を上げながら、隣の部屋から女が入ってきた。スレンダーな体に長い白髪。顔を上げた時の肌の白さと、あめ色の瞳が印象的だった。
「あら。ごめんなさい。お客が来てたのね」
日焼けをしたことがないというより、ゆで卵の薄皮を全身に移植したかと思うような色だ。アルビノだろうか。
〝フィー″と呼ばれた男は、器具の間から細いネクタイを見つけてそれを投げた。手術台ごしに受け取った彼女は、小さな鞄をアレクの足近くに置き、妙にすそ丈が短い上着の内側でネクタイを結び始める。
「常連さん?」
自分に質問しているのだと分かっていたが、アレクは無視を決め込んだ。フィーこと機械屋ファルクが、「まぁな」と素っ気無く答える。
「なぁ、新しい改造法を思いついた。試してもいいか」
「どんな風に」
「義足の中に、爆弾をしこむっ・・・」
普段は感情の変化をほとんど見せないファルクだが、その時は少しだけ声色が輝いて聞こえた。アレクは即座に「却下だ」と答える。
「爆弾で足を落とした奴に言う台詞か」
ファルクはその事を知っていたが、悪びれた様子など一切見せずに言った。
「半分冗談だ」
半分も本気だったのか。
アレクが呆れていると、女がアレクの顔を覗きこんで来た。
見れば見るほど人形のように整った顔をしていている女だ。健康的な様子から、低級娼人ではないなと目星をつけた。
そもそもファルクのメンテナンスを受けるには、闇の機械屋ファルクであれ闇医者フィーであれ、通常の客なら法外な値段を取られる。彼の信念は〝取れる奴から取れるだけ取る〟、なのである。
そのかわり裏町の者にはただ同然で診察や治療を行っているらしいが、アレクの目から見る限り、彼女の場合は『通常の客』だと思われた。
彼女はにっこりと笑いかけ、ホットパンツのポケットを叩く。次に上着のポケットやその内側を探り出し、最後にネクタイを裏返してみて、「ああ、あった」と言いながら挟んであった名刺を取り出した。
「私の常連にもなって欲しいわ?クラブ【マリオネット】ナンバーワン、ラーヴィーでっす。ちなみにフリーだから、早めに来てくれないと移動しちゃうかも」
アレクは無言で名刺に目を落とした。透明な板に光文字で店の住所や電話番号が書いてある。なるほど。確かに予想は当っていた。低級娼人ではなく、高級娼人のようだ。
しかしどちらにせよ、アレクには興味のない種類の話だ。
〝必要以上に異性と接してはいけません〟
アレクの頭の隅で、誰かが言った。おそらく幼い頃に世話になった修道女だろう。記憶力はいい方だが、彼女達の顔だけは朧気で曖昧だ・・・原因は分っている。心の傷だ。発作が起こると冷や汗が出て、視界が変化して呼吸ができなくなる。過去がフラッシュ・バックする手前、それを抑える。平静を装った。
どうやら二人はアレクの一瞬の変化に気付いていない。