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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
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3-04 ヘルマプロディトス

 入り口付近に警備ロボが二体、ドアの両端に待機している。スリムな体は人間型で、表面に肉付けはされていない。制帽の奥では、電光掲示板型の頭部が、《警備中(ガード)》という文字を流していた。


 広間の奥手、大理石の階段ステージに司会者らしき女が立った。イヤホンマイクを付けているムーロイディ系の女は、《紳士・淑女の皆さまレディース・エンド・ジェントルメン》と澄んだ声で言った。


《これより新支社長による商品説明が催されますので、どうかご注目下さい》


 来賓のほぼ全てがステージに注目した。

 アレクは仕事をしているふりをしながら、全神経をステージに向ける。


 拍手と歓声とともに、ステージ横からノイス=シューゼンが出てきた。


 作り物くさい柔らかな笑顔と、従者四人を前列に背後にも二人の従者を連れている。前列には男と女が二人づつ、全員がくるぶしまでの毛皮のコートを羽織っている。アレクが前列だけを気にしたのは、彼らが裸足だったからだ。


 全員から奇妙な違和感がする・・・いや。何も放っていない、というのが正しい。人間的な感情の放出や、〝雰囲気〟というものが欠落していた。


 ノイスは差し障りのないあいさつを始めた。何かジョークでも交えているのか、会場から時折笑い声が上がったが、アレクには聞こえていない。眩暈がして、世界に色がなくなる。過去と現実が交差し、フラッシュ・バックを起こす。


 母の顔。ノイスの横顔。棺の中。破裂する足。ナイフ。床に散らばる金色のコイン。赤い口紅から漏れる血。車。黒い百合。レンガの壁に凭れる小さい手。父かもしれない男の顔。ステンドグラス。血。修道女達。煙を上げる銃口。鏡の中の自分―。


 胃の内容物がせり出してきそうになり、拳に力が入った。


 殺意。頭に血が上り、無意識に歩き出して左足に、どんっ、と小さな衝撃がある。ふと現実に戻ってそちらへと視線を落とすと、赤い髪の少女が転んでいた。

 

――ムーロイディ。いや、スターソイドか。


 アレクは仮の仕事を思い出し、盆を脇のテーブルへと置いた。


「申し訳ありません」

「いいえ、大丈夫」


 少女を起こし、スカートを払ってやる。テーブルクロスの陰に隠れていたポシェットを拾い上げると、中からゴルフボールのようなものが落ちて転がった。銀色の金属だ。拾い上げると、意外に重い。アレクは少女を見た。


 〝これは・・・〟


 少女は顔色一つ変えず、ポシェットを要求して手を差し出している。アレクはボールをポシェットに入れ、少女に返した。会場の視線はステージに向いていたので、一連の動きが目立つことはなかった。


「ごめんなさい。連れとはぐれてしまって、きょろきょろしていたものだから」 

「お父様ですか?一緒にお探ししましょうか」


 マニュアルにあるビジネス・トークだ。十三・四歳にすら見えない幼い少女は、意味深に口角を上げた。赤いドレスに、前結びのリボン帯を結んでいる。ポシェットを肩にかけると、水色の瞳でアレクを見上げた。


「ヘルプは必要ないわ。そんな年ではないから」


 少女は可憐に微笑うと、アレクに背中を向けた。アレクは少女と合流した壮年の男を見つけて、二人が親子でないことを悟った。遠い親戚だから似ていないのかもしれないし、少女は彼のエスコーターなのかもしれない。どちらにしても、彼に好意を抱くことは一生ないのだろうな、とアレクは思った。



 ◇*◇*◇*◇



《――さて。先ほどから控えている彼らですが、彼らが実は我が社の新製品、『ヘルマプロディトス』だと気付いたお方が、会場にどのぐらいおられるでしょうか》


 場内がざわざわとしだした。アレクがステージに振り向くと、ノイスが頭上で指を鳴らす所だった。前列の従者達は大きく一歩踏み出すと、何の躊躇いもなく高級毛皮を脱ぎ落とした。それと同時、悲鳴とも歓声ともとれる声が沸いた。


 一糸纏わぬその姿は、どこから見ても人間だ。しかし羞恥も愛想もなく不動を保つその姿は、闇市で人身売買される廃人同然の奴隷とも、どこか違った雰囲気だ。


《実はさきほどから司会をしていただいている彼女も、新型アンドロイドなのです》


 司会の女はプログラム通りににっこりと笑った。


 〝人間らしさ〟を追求している筈のその顔は、人形にしてはとても精巧だが、人間にしては欠陥が多すぎる。しかしアレクのように特に笑わない人間を基準に考えれば、人間に似ている、と言えなくもなかった。


 後列に立っている、顔立ちが微妙に左右対称でない二人は人間だろう。水色の髪をしている白人と、緑色の瞳をしている黒人系の男達もまた無表情だが、機械的に感情を殺していても、殺している、という〝意識〟が人間らしさを匂わせている。


《彼女はXX(女性)型の体で、先進国の日常会話は全て話すことができます。五十年前から今週までのミージック・ランキングを百位までプログラム済みで、彼女に歌わせることもできます。当然これからも更新可能です。食事機能を付けておりますので、お付き合い程度なら可能。テーブルマナーも完璧。ワインの年代あてもできます。個性分別としましては、エンターテイナーです》


 ノイスは四人に視線を移した。


《こちらの四人は、ターシュイドを意識しました。右から、スレンダーなXX、グラマラスなXX、数千人の身体データを元にした平均的体つきのXY(男性)、軍人のような均整の取れた筋肉を持つ、XYです。彼らは未だ『無個性タイプ』ですが、我が社で用意している数種類の『擬似個性』をインストールすることで、皆さまのお好きな性格を作り出すことをお約束します》   



 ◇*◇*◇*◇ 


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