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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
38/83

3-03 ウエイター


 アレクは控え室のロッカーを閉めた。


制服に着替え、革靴の状態を確かめる。上々。制服と共に渡された三本の鎖を、他のウエイターがしていたのを真似て左の手首に巻いた。小さなケースに入った銀の花飾りは、意味が分からないのでポケットに入れる。


「違うよ」


 アレクは唯一、控え室に残っていた人物に振り向いた。リカルトは花飾りが一つ付いた銀の鎖をポケットから垂らし、赤と金色の鎖を手首に巻いている。


「これはただの装飾品じゃない。ポケットから垂れる鎖の色には意味があるんだ」


「意味?」


「そ。赤は《受付中》、銀は《検討中》、金は《予約中》。お客は事前に値段を提示するのがマナー。塗り替えはスマートじゃないから好まれない。最終的に一番高値をつけた客が持ち帰ることができる。一種のゲームさ。つまり花の数は、セリの倍率。多いほど戦闘意欲が湧くお客も居るし、逆に『銀なし』を狙うマニアックなのもいる」


 そう言えば、会場に居る接客役は全員が娼人だったな、とアレクは思う。


「・・・じゃあ、最初から金色にしておけばいいんだな?」


「そうでもない。入場そうそう、金色の鎖は悪目立ちするよ。金額と時間、場所指定はたいてい耳打ちかメモで渡されるから、他の客に漏れることはない。つまり黙って帰ってもバレないってこと。他の客に金額で負けた、としか思われないよ」


 アレクは数秒考え、花を一つ通した銀鎖を垂らした。リカルトはオールバックにしているアレクの頭から爪先まで見回し、納得したように頷いた。


「なかなか様になってるじゃない?」

「うるさい」


 銀盆と白い布を持ち、二人は会場へと入った。ざわざわとした喧騒の中で、タキシードとドレスを着たロボット音楽隊の演奏が聞こえてくる。頭部が金色の仮面型(ペルソナ)なので、噂の新商品ではなさそうだ。のっぺらぼうで表情もない。


「アア、二人トモ来タネ」


 横から声をかけて来たのは、同じくウエイターの姿をしたムイだった。アレクはムイの鎖を見て眉を潜めた。リカルトも瞬く。


「もう四人も?」

「ソーネ。何ダカ〝モテル〟ミタイ・・・複雑ネ」

「ミカナスは?」


 アレクが聞くと、ムイは「NO」と言う。


「今ハ、『ミスター・ウォールミル』、ネ」


「ミスターウォールミルと、そのエスコーター・・・〝ご夫人〟?」


 リカルトが言うと、「あっち」と言って、ムイは会場の奥を示した。円形テーブルが立ち並び人々の行き来がある会場の中、二人はにこやかに話をしていた。高級スーツを着ている〝ウォールミル〟の立ち振る舞いは、訓練の成果もあって紳士そのものだ。

 その隣に居るラヴィーは、髪を栗色に染めている。アップにした髪には花飾りが咲き、フリルの付いている単独襟と、キャミソールのようなミニドレスを着ている。スカートの部分には膨らみがあり、バラの花を穿いているような見た目だ。兎の毛と、人工雄鶏の羽がついたベルトを締めていた。


「ああ、『アルテミーズ』の新作ベルトだ。いいなぁ。僕も欲しい。あれって兎の毛の中にポケットがあって、ちょっとした化粧道具とかが入るんだよ」


 アレクはリカルトを横目で見た。


「・・・お前に必要があるのか?」

「時々はね」


 ムイはすっとその場を抜け、会場を歩く。仮の身分でも、仕事はきちんとこなすつもりのようだ。視界の端で、また声をかけられていた。


「あ、何人か知り合いがいるな」


「エスコーターに?」


「それもあるし、上流階級にも――。ほら、あれ。市長とブライアンだ」


 生え際が後退気味の男は、確かに市長のようだ。生粋の白人種(アダン・スターソイド)がこの地区の市長になるのは史上初めてで、サロイディ以外からは圧倒的な指示を集めている。胸のポケットには黒いシルクのハンカチと、黒薔薇の飾り。近しい誰かが亡くなった証だ。

 市長と話をしているのは〝ブルー〟で、当然ながら一流スーツを着ている。今から起こることなど初めから何も知らないように、穏やかな笑顔を浮べている。


「『ジョジョーム』だね。ミカナスも同じ・・・――あ。あのスリムな黒人、あれが医学班最高責任者のマリードだよ。彼もジョジョームのスーツだ」


「〝マリード〟?ムーローディ系の名字だな」


「それはそうでしょ。彼は生粋のムーロイディだもの」


 アレクはマリードを見つめた。顔立ちはムーロイディ、もしくはスターソイド系だが、どう見ても彼の肌の色はサロイディ独特のココア色だ。瞳の色も黒く、眉やまつ毛、腰まで届きそうな艶やかな髪も黒だった。


「どこがだ・・・」


「カドケウス医療班の、真骨頂。彼はムーロイディである自分に大きなコンプレックスを抱えていて、会社の技術で全身を整形したんだって。以前は奥手な肥満男だったらしいけど、今では別人みたいだね・・・不敵な笑顔。プライドの塊、って感じ」


「なぜお前は、そんなに内部事情に詳しい?」


「この仕事以前から、ブライアンとは友人なんだよ」


「あの女もか」


「ラーヴィー?彼女は違うよ。ブルーと依頼前の接触はない。もともと僕と友人だったんだ。転々としてた孤児院で、一時期一緒で――・・・まぁ。他の仕事で、彼女とブライアンとの接触がなかったとも言い切れないけどね」


 アレクはふと、マリードの側に控えている従者に目を留めた。


「彼の側に居るのは、ボディガードか?」


「ん?ああ・・・あれってB・G(ボディガード)?随分整ってるからエスコーターかと思ったけど・・・確かに控え方がプロっぽいね。もしかすると両方兼任なのかも?」


「あいつらについては何か知っているか?」


「いいや。聞いてないけど・・・二人とも『ハネス』スーツだね。黒髪の方は《ドレス・テイル》。グリーンブロンドは《オビ・スカート》だ」


 ベストを着ている女の方は、ドレスの一部を切り取ったようなベルトを締め、いかにも〝腕が立ちます〟という雰囲気を放っている。

 隣の少年は緑がかった金髪で、体つきも雰囲気も儚げだ。もしかするとエスコーターかもしれないが、それにしては控えめ過ぎな気もする。温室育ちのにおいがした。


「少年の方は息子か?」


「いいや。マリードは結婚してない筈だよ。子供がいるとも聞いてない」


 少年はスタロイディの織物、『帯』と言う布の一部をスカートのように垂らしたベルトをしていた。まだ十代前半(ロー・ティーン)にしか見えないが、その表情に若々しさはない。

 どこか親近感を感じるな、とアレクは思った。


 ――あれは全てにおいて、期待することを止めた目だ。


「人形のような奴だな・・・」


「意外にそうなのかもよ?」


 アレクはリカルトに視線を戻した。リカルトは肩を竦める。


「だって新商品、リアルなアンドロイドなんでしょ?」

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