3-03 ウエイター
アレクは控え室のロッカーを閉めた。
制服に着替え、革靴の状態を確かめる。上々。制服と共に渡された三本の鎖を、他のウエイターがしていたのを真似て左の手首に巻いた。小さなケースに入った銀の花飾りは、意味が分からないのでポケットに入れる。
「違うよ」
アレクは唯一、控え室に残っていた人物に振り向いた。リカルトは花飾りが一つ付いた銀の鎖をポケットから垂らし、赤と金色の鎖を手首に巻いている。
「これはただの装飾品じゃない。ポケットから垂れる鎖の色には意味があるんだ」
「意味?」
「そ。赤は《受付中》、銀は《検討中》、金は《予約中》。お客は事前に値段を提示するのがマナー。塗り替えはスマートじゃないから好まれない。最終的に一番高値をつけた客が持ち帰ることができる。一種のゲームさ。つまり花の数は、セリの倍率。多いほど戦闘意欲が湧くお客も居るし、逆に『銀なし』を狙うマニアックなのもいる」
そう言えば、会場に居る接客役は全員が娼人だったな、とアレクは思う。
「・・・じゃあ、最初から金色にしておけばいいんだな?」
「そうでもない。入場そうそう、金色の鎖は悪目立ちするよ。金額と時間、場所指定はたいてい耳打ちかメモで渡されるから、他の客に漏れることはない。つまり黙って帰ってもバレないってこと。他の客に金額で負けた、としか思われないよ」
アレクは数秒考え、花を一つ通した銀鎖を垂らした。リカルトはオールバックにしているアレクの頭から爪先まで見回し、納得したように頷いた。
「なかなか様になってるじゃない?」
「うるさい」
銀盆と白い布を持ち、二人は会場へと入った。ざわざわとした喧騒の中で、タキシードとドレスを着たロボット音楽隊の演奏が聞こえてくる。頭部が金色の仮面型なので、噂の新商品ではなさそうだ。のっぺらぼうで表情もない。
「アア、二人トモ来タネ」
横から声をかけて来たのは、同じくウエイターの姿をしたムイだった。アレクはムイの鎖を見て眉を潜めた。リカルトも瞬く。
「もう四人も?」
「ソーネ。何ダカ〝モテル〟ミタイ・・・複雑ネ」
「ミカナスは?」
アレクが聞くと、ムイは「NO」と言う。
「今ハ、『ミスター・ウォールミル』、ネ」
「ミスターウォールミルと、そのエスコーター・・・〝ご夫人〟?」
リカルトが言うと、「あっち」と言って、ムイは会場の奥を示した。円形テーブルが立ち並び人々の行き来がある会場の中、二人はにこやかに話をしていた。高級スーツを着ている〝ウォールミル〟の立ち振る舞いは、訓練の成果もあって紳士そのものだ。
その隣に居るラヴィーは、髪を栗色に染めている。アップにした髪には花飾りが咲き、フリルの付いている単独襟と、キャミソールのようなミニドレスを着ている。スカートの部分には膨らみがあり、バラの花を穿いているような見た目だ。兎の毛と、人工雄鶏の羽がついたベルトを締めていた。
「ああ、『アルテミーズ』の新作ベルトだ。いいなぁ。僕も欲しい。あれって兎の毛の中にポケットがあって、ちょっとした化粧道具とかが入るんだよ」
アレクはリカルトを横目で見た。
「・・・お前に必要があるのか?」
「時々はね」
ムイはすっとその場を抜け、会場を歩く。仮の身分でも、仕事はきちんとこなすつもりのようだ。視界の端で、また声をかけられていた。
「あ、何人か知り合いがいるな」
「エスコーターに?」
「それもあるし、上流階級にも――。ほら、あれ。市長とブライアンだ」
生え際が後退気味の男は、確かに市長のようだ。生粋の白人種がこの地区の市長になるのは史上初めてで、サロイディ以外からは圧倒的な指示を集めている。胸のポケットには黒いシルクのハンカチと、黒薔薇の飾り。近しい誰かが亡くなった証だ。
市長と話をしているのは〝ブルー〟で、当然ながら一流スーツを着ている。今から起こることなど初めから何も知らないように、穏やかな笑顔を浮べている。
「『ジョジョーム』だね。ミカナスも同じ・・・――あ。あのスリムな黒人、あれが医学班最高責任者のマリードだよ。彼もジョジョームのスーツだ」
「〝マリード〟?ムーローディ系の名字だな」
「それはそうでしょ。彼は生粋のムーロイディだもの」
アレクはマリードを見つめた。顔立ちはムーロイディ、もしくはスターソイド系だが、どう見ても彼の肌の色はサロイディ独特のココア色だ。瞳の色も黒く、眉やまつ毛、腰まで届きそうな艶やかな髪も黒だった。
「どこがだ・・・」
「カドケウス医療班の、真骨頂。彼はムーロイディである自分に大きなコンプレックスを抱えていて、会社の技術で全身を整形したんだって。以前は奥手な肥満男だったらしいけど、今では別人みたいだね・・・不敵な笑顔。プライドの塊、って感じ」
「なぜお前は、そんなに内部事情に詳しい?」
「この仕事以前から、ブライアンとは友人なんだよ」
「あの女もか」
「ラーヴィー?彼女は違うよ。ブルーと依頼前の接触はない。もともと僕と友人だったんだ。転々としてた孤児院で、一時期一緒で――・・・まぁ。他の仕事で、彼女とブライアンとの接触がなかったとも言い切れないけどね」
アレクはふと、マリードの側に控えている従者に目を留めた。
「彼の側に居るのは、ボディガードか?」
「ん?ああ・・・あれってB・G?随分整ってるからエスコーターかと思ったけど・・・確かに控え方がプロっぽいね。もしかすると両方兼任なのかも?」
「あいつらについては何か知っているか?」
「いいや。聞いてないけど・・・二人とも『ハネス』スーツだね。黒髪の方は《ドレス・テイル》。グリーンブロンドは《オビ・スカート》だ」
ベストを着ている女の方は、ドレスの一部を切り取ったようなベルトを締め、いかにも〝腕が立ちます〟という雰囲気を放っている。
隣の少年は緑がかった金髪で、体つきも雰囲気も儚げだ。もしかするとエスコーターかもしれないが、それにしては控えめ過ぎな気もする。温室育ちのにおいがした。
「少年の方は息子か?」
「いいや。マリードは結婚してない筈だよ。子供がいるとも聞いてない」
少年はスタロイディの織物、『帯』と言う布の一部をスカートのように垂らしたベルトをしていた。まだ十代前半にしか見えないが、その表情に若々しさはない。
どこか親近感を感じるな、とアレクは思った。
――あれは全てにおいて、期待することを止めた目だ。
「人形のような奴だな・・・」
「意外にそうなのかもよ?」
アレクはリカルトに視線を戻した。リカルトは肩を竦める。
「だって新商品、リアルなアンドロイドなんでしょ?」




