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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
37/83

3-02 絡みゆく

 アレクはピロティの天井、梁の上にいた。天井に開いた穴から、星空が見える。


「今夜は各々で過ごしてくれ」


 ミカナスのその言葉に、大人数がピロティを出て行った。アレクには、別れを惜しむ相手などいない。欲しいとも思わない。いつ死んでも悔いは残したくないからだ。


 胸のあたりで手を合わせ、深呼吸をした。改良型は重みの違和感が軽減されていて、バランスがとりやすい。目を瞑った状態で背中をそらせ、アーチ状の体で梁を掴む。元の姿勢に戻ると九十度向きを変え、後ろ向きに空中へ飛び込むと、途中で一回転して地面に着地した。


 軽い着地音。


 アレクはゆっくりと目を開いた。



「「完璧だ・・・」」


 

 博士のその言葉に、セージはゆっくりと目を開いた。


 起き上がり、自分の顔を触ってみる。

 用意してもらった鏡を見て目を見開いた。口を開けると白い歯が並んでいて、水分を含んだ赤い舌が見える。思った通りに動く。気持ち悪いほどに本物そっくりだ。まるで生前の肉体が帰ってきたように、精巧なセージの『顔』だった。


「すごいや・・・」


 指を観察すると、手首五センチほどが完成していた。自然な色の皮膚と、適度な弾力。丸みをおびた薄赤い爪。うっすらと浮きあがる血管――。


「この血管は?」

「アルデンテ・ファイバーと呼ばれる、観賞用の人工毛細血管だ」

「手相まである・・・」


 ベルガ博士は満足げに笑った。


黄色人種(スタロイディ)の一部は、手相の形で占いをするんだそうだ。全てのアンドロイドが、その資料に基いた、《幸運》と言われる手相にしてある。君の手相は、生前の再現だがね」


 手の平や手首にも、人工血管が見えた。緑や紫の線が描くその先に、金属の腕が続いている。リアルを追求したその顔や手の平に、ベルガ博士の長年の執念が見える気がした。


「手袋みたいだ・・・」

「はは。何れは他の部分も、『再現』することになるだろう」


 ベルガ博士は、ゴム手袋をした手で銀色のトレイからハサミを取り出した。


「さぁ、散髪して終わりだ」  


 セージは鏡に向かって座り直した。胸の辺りまである人工毛にハサミが入る。

 豊富なキューティクルまで再現されたオレンジ色の髪が、はらりと落ちた。



 ◆*◆*◆*◆



 夜空の星に負けじと、地上のライトが闇を照らしている。上品なオフィス街の少し先には、工業地区の煌々とした灯りが広がっていた。シティには劣るものの、貧富と文明の差が激しいこの世界で、ダズロンの夜景は美しかった。


 ダズロン支社は地下五階、地上十二階の建物である。十二階と言っても、通常のビル空間より二倍以上の天井が設けられているので、少なくとも二十四階分の高さはある。地下に向って伸びている建物が多い中、異例の高さだ。上層階から見下ろすその眺めは、見ている者を優越に浸すには充分だった。


 ノイス=シューゼンは、支社長室の窓壁に手を触れた。分厚いガラスの表面に、満足そうな笑みを浮べている男が映っている。かつては父が見ていたその夜景も、今や自分のもの。母と幼少の彼を痛めつけていた男は、もう存在しない。


 ――俺は父親を越えたんだ。


 ノイスは、笑いを噛み締めるのに苦労していた。





 同じビルの四階では、豪華なパーティーが花開いている。


 大きな円形のシャンデリアが何重にも光を乱射し、会場を爛々と照らしている。上流階級の七割がサロイディなので、会場には黒肌が多かった。

 ざっくりと背中が開いたシルクドレスは魅力的であるが、それだけの布でスラムの何人が病原予防の注射を受けることができるのかと思うと、会場に紛れるスパイ達は複雑な気分になった。


 夫婦以外の者は、大抵〝エスコーター〟を付けている。金持ちの間で高級娼人を指している言葉で、サロイディの娼人はすぐに水揚げされて愛人になり、〝〝控えの花人〟(サイド・フラワート)と呼ばれるのが一般的だ。

 人種差別は法律改正により撤廃されたものの、文化としては未だ、強く根付いている。そういうものを不満に思って参加したメンバーも、少なからずいた。


 その中に、一際小さな少女が壮年の男の隣に佇んでいる。赤いワンピース風ドレスに金糸の刺繍の入った黄色い帯を締め、目元には涙型のルビーが鱗のように飾られている。


「これでよかったかな?」


 隣の男が飲み物を手渡すと、可憐な声で礼を言う。

 黄緑色の液体に口を付けながらも、少女は会場に視線を巡らせた。

 ポシェットを無意識に握り締める。

 その数秒の間、少女の水色の瞳には憎悪が浮かび上がっていた。



 ◆*◆*◆*◆


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