3-01 クロム
三章 大きな器の人間は好まれ、大きな器の機械は疎まれ
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仮面の下にかぶるは、
〝素顔〟という名の仮面。
汝、その下に流るるは何色か。
(ヒフト聖典五章二十七節)
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「いよいよ明日だっ。俺達は明日、歴史に名を残すっっ」
ミカナスはピロティの真ん中で、円形状になった人々から一身に視線を集めていた。その顔に緑色の魔法陣はない。皮膚整形だろう。どうやら先日顔を隠していたのはその為らしい。長い髪も刈り込んではいたが、纏っているのはメレノバスの民族衣装だ。
「俺は今まで、この集まりに名をつけなかった。だが、より仲間の結束を目的として、今日、今ここで、俺達の名前を発表しようと思うっっ」
場内はざわついたが、幹部達は二股階段の周辺で思い思いに控えている。階段の上部で壁に凭れて立っているのはアレクで、彼の一番近くにいるのは二階の柵壁に座っているムイだ。ピロティを一望できる特等席で、足をぶらぶらと遊ばせている。
ラヴィーとリカルトは反対側の階段で何やら楽しげに喋っている。すでに大量のワインボトルやグラスが配られていた。バーの帰りに車に積まれていたのは、どうやらアレクの予想に反して本物の酒だったらしい。
「名の意味は、【目には見えず触れられぬ物質】。宇宙空間で星を蜘蛛の巣状に、脳神経のように繋いでいる存在だ。見えるものより六倍もこの世に満ち、見えるものに影響を与えている存在っ。いいかてめぇらっ、よく聞けっ。俺達の名は――」
ミカナスはボトルを持っている腕を振り上げた。
「〝ダーク・マター〟だっっ」
円形状の人波全員が、腕を伸ばして酒を高らかに翳した。
「「ダークマターに乾杯ッ」」
「「ダーク・マター、万歳ッ」」
狂気と狂喜をはらんだ声が、ピロティを包んだ。リカルトとラーヴィーは、一緒になって腕を振り上げ、楽しそうに叫んでいる。〝ブルー〟は欠席だ。
「グレイ」
喧騒に混じって、自分を呼ぶ声がした。ムイはそれ以上何も言わず、ワインボトルを示す。アレクは数秒考え、それが乾杯の催促だと気付いた。持っていたボトルを小さく掲げると、ムイは口の端をあげた。
――暫くの間、ピロティには同士達の叫び声が続いた。
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筒状の機械に入ったセージは、自分の顔面に網状のレーザーが放射されるのを感じた。送信されたデーターのもと、鎖骨部分から頭部へ、ゴム状の繊維が筋肉を模して張られていく。電子信号で動くので、人間と同じような反応が・・・場合によっては、人間以上の反応が出来る代物だ。
それが済むと模造筋肉を覆うように接着ジェルが塗布される。眼球は内側にカメラがはまるようになっていて、虹彩の部分は特注だ。透明度の高い灰色。表面は特殊加工してあるので、水分特有の照りがある。
脂肪粘土と称される肌色――セージの場合はスターソイドなので、黄色味をおびた――のスライムに、毛細血管を模したファイバーを重ねていく。鼻には人工軟骨を設置。耳や瞼も同様だ。あらかじめ造っておいた顔面の型が頭上から降りてくると、ゆっくりと加熱しながら脂肪粘土を定着させていく。
その間に両手にも同じような作業が行われている。その間の『感覚』はない。博士は電源を一時的に切っておいたほうがいいのでは、と言ってくれたが、セージはそれを拒否した。
瞼が出来上がる前から、目を瞑っている気分で工程を見守っている。〝素顔の仮面〟を被っているような状態で、セージは空中浮遊型の担架に乗せられて場所を移動した。手術室に似た部屋だが、アルコールではなく機械油のにおいがした。
「パーティーまで時間がない。君の場合は生前の再現だからね。データーを保存していると言っても、繊細な部分はわたしの手作業になる。他の部分は衣服で隠せても、手首と頭部は造りこんでおかなければならない。今回はその部分だけということになりそうなんだが・・・君の精神は、それを容認してくれるだろうか?」
台へと横たわったセージは、ライトを浴びて逆光になっている博士を見た。
「ええ、問題ありません」
博士は頷いた。
何百種類もある人工毛の中からまつ毛を選ぶ。さすがに長さや太さなどのデータはないので、博士と話し合いの結果、整形用語で使われる《通常》バージョンで移植した。大量生産用のアンドロイドならば機械が数十秒でこなすが、セージのまつ毛は博士の手によって埋め込まれた。
頭髪はまつ毛よりも明るく、赤みをおびた黄琥珀色、とでも言うべきか。とても微妙な色合いなので、選択には時間がかかった。生前のセージは真っ直ぐな長髪なので、その点だけは博士に感謝された。癖毛だとさらに時間がかかるのだ。
ムーロイディ用の皮膚を額から後頭部にかけて帽子を被るように移植し、その上から人工毛を植え付ける。シールはゼラチンのような性質を持っていて、ドライヤーの熱でそれが溶けると、人工毛と人工皮膚が接着される。柔らかいタイプの毛で産毛を模し自然な生え際を作ると、眉毛を移植する。
「唇や爪には、微量のクロムを使っている。自然な赤みを出すのに苦労したよ」
「人間の体内にある物質ですね。血液を赤く見せる・・・」
「そう。君の唇も指先も、血液色だ」
セージは無言で機械の右手を上げ、それを見つめた。白い手と薄赤い爪――。
出来上がったばかりの目が細くなる。
少しだけ、嬉しかった。
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