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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
35/83

2-18 ユーモラス

 ベルガはセージの考えを読んでか、話題を変えた。


「明日のパーティーのことだが・・・君にはわたしの車椅子を押してもらいたいんだ」


「押す必要があるのですか?」


「機能的な問題ではない」


「格好の問題ですね」


 セージは博士を見ないまま、【了解しました】と合成音声で応えた。


「セージ・・・君が望まない再生をしてしまったのはよく分かった。しかし・・・」


「『しかしそんな、嫌味なことは言わないでくれ』、――ですか?僕だって嫌味が好きなわけじゃない。言わせているのは・・・あなたです・・・」


 ベルガ博士は俯き、「・・・すまない」と言った。


「わたしは君を、人間に戻すことはできない・・・しかし、人間に近い状態を作り出すことは可能だ。生前の君の姿を、できるだけリアルに再現しよう」


「誰の為に?」


「・・・警備用のロボットは、戦闘を余儀なくする場面があるという理由から、リアルな人型は好まれなかった。しかし新作は、観賞用や生活補助用に造られたタイプだ。それを応用して君の姿を再現する」


「生活補助と言えば聞こえはいいけど、〝独身生活補助の愛玩用〟なのでしょう?」


「まぁ、そういう機能が付いてはいるが・・・奴隷制度が無くなったので、使用人がそういう役割をしなくても済む時代になったのだよ。それに新商品の主な役割は、老人や病人の介護やベビーシッター、家庭教師などだ」


「僕が死んでいる間に、ここらへんの地区は益々平和ボケしたようですね?挨拶がてら抱き合ったり、初対面の人間と手を握り合ったり、そういう文化復興も流行ってきているのでしょう?抵抗はないんでしょうか。僕は生前に一度だけ、他民族の男性に女性に間違われて手の甲にキスをされたことがあるけど、衝撃で思考が一時停止しました」


「世界が平和であることはいいことだ・・・わたしも社員である限り、君のゆう平和ボケ宣伝に協力しなければならない」


「〝我々の住んでいる世界〟が、の言い間違いでは?隣国ではまだ、紛争中ですよ」


「・・・」


「つまり、博士ともあろうお方の同伴役が旧式のロボットなのは会社側としていただけない、と言うことですね?」


「違う。いい機会じゃないかと言っているんだ・・・生前の再現は、コンピューターの分析でも、精神面の改善が見込める、という計算結果が出ている・・・」


 セージはため息を吐いた。


「僕の存在を暴露するにあたっても、人型をしていた方が同情を誘えるんでしょうね?人間は何に関しても、擬人化したがる傾向にある。ロボットが善い例だ・・・博士の立場としても、莫大な投資で完成した代物が反抗的なロボットでは問題だけれど、嫌味の分かるアンドロイドなら応用のしがいもある・・・つまりはそういうことで、僕に選択の余地は初めからないんです」


「そんなことは無い」


「いいえ。あります。博士は結局、僕を生前の姿に戻したいと思っている。仮想現実を再現し、ご自分と僕の父を蘇生したいと思っている・・・もしかすると奥様も、かな?まぁ奥様に関しては僕がどうこう言えることじゃないし、ご勝手にすればいい。でも、父に関しては別です。僕はそれを望みません・・・それでも僕に、反抗する余地はなんです」


「そんなことは――」


「あなたに僕を停止する意思が無い限り、僕が期待を望めるのは三日後のパーティーだけです。『三原則』の戒めによって反抗ができないなら、『三原則』内の範囲で人間を不快にさせればいいんだ・・・」


 博士は数秒の間、沈黙した。


「・・・つまり・・・君は何をしようと言うんだ?」


「【第一条】は『人間を傷つけてはならない』と定めていますが、それはあくまでも肉体的に、ということが博士との対話で分かりました。僕の希望の光は、いかに会場で嫌味を発し、嫌われるか、です」


「なに?」


「現在では、冗談(ジョーク)やブッラクユーモア機能が付いたロボットがいるそうですね?人間の表情や声色を分析し、それを冗談だと判断した場合に、登録対応文章を返す・・・しかし彼らには、設定外の言葉や表情に対して、それが嫌味である、という発展した理解はできないのです」


「もちろんだ。彼らに〝自我″はない」


「ええ。許容量を限った設定が無い限り、ロボットには〝嫌味〟の定義ができない。僕には『ジョークを受け答えする』というプログラムが使用されていないので、その区切りや上限がない。嫌味で人間を精神的に攻撃することは、【三原則】の想定外だ、と言うことです・・・生前喋っていた言葉に対しての上限も――それが決してお上品でなくとも――設定変更はできませんよね?言葉使いは文化と環境。人格再生の重要事項でもある・・・」


 珍しく、ベルガ博士はぽかんとした表情をしている。


「生前の僕は周りに気を使って抑制していただけで、嫌味の才能を持っていたようです。再生後の〝僕が〟それをどう使おうと、博士の『自然的精神』とゆう概念の前では、否定されるべきものではありません・・・」



 セージはため息を吐いた。



 数秒の、張り詰めた沈黙――。




 ベルガ博士は久々に、恐怖にも似た感動と武者震いに襲われた。


「素晴らしいっっ・・・」

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