2-17 ドリー
寝室のドアがスライドして、閉まる。ベルガ博士は空中浮遊型の車椅子で青年のあとを追った。
セージはイスに座り、立体映像干渉型のパソコンを操作している。
「頭部のコンピューターで検索すれば、必要な情報はすべて更新できる筈だ・・・」
肉眼の影響への配慮なのか、電光文字も放射される光自体も青い。空中を探るようにして映像へアクセスするセージの指が、忙しなく動いていた。
「指を動かしたいんです・・・」
青い文字が乱動している。それと同時に、博士の目には残像にしか見えないほどの高速で、莫大な情報がセージの中で更新されている。
「現在上流階級では、現代風古美術品が流行しているようですね。車や時計も、本来の性能とは関係ない装飾的部品が多い。服もだ。体内管理内蔵のスーツを着れば一番合理的だけれど・・・魅力的なデザインではありませんね。全身タイツみたいだ・・・」
「そうか・・・」
「〝ドリー〟の誕生からだいぶ経つけど、人間のクローンはまだ少数なのですね」
「これは倫理的問題で規制がかかっているからね」
「規制がかかっている、とゆうことは、〝実現しようとしている誰かが現在もいる〟とゆうことですね・・・やはり何も、この世は変わってやしない・・・」
「では、『部分クローン』について君はどう思う?」
「三十六年前、自らのクローンを作り病魔に冒された心臓を移植し、十七歳の少年とその両親が逮捕。犯行の動機は〝生きたかったから〟・・・裁判は四年に及ぶが、判決がつかないまま現在も保留。原因は少年の自殺。
両親は罰金刑を受けたが、後に亡くなった少年のクローンを作り再逮捕。動機は〝息子を亡くした悲しみから〟・・・しかし虐待が判明し禁固刑。動機は〝亡くなった息子の好物を与えたところ、拒否したから″〝生前の息子とは違う行動が目立つようになってきた〟・・・
クローンの人権については現在も諸国で問題になっているようですね。我が国では・・・ああ、認められているのですね。クローンを作ることは禁止されているのに、クローンの存在は認めるのですか?」
「万が一存在した場合、その存在を認める、という意味だ。そのクローンの少年は養護施設に移されたが、半年後に心臓発作で死亡している」
「発作で?」
「ああ」
「〝事故〟ではなく?」
「・・・何が言いたいのかな?」
「・・・この事件の影響から、将来的に機能衰退するであろう患部に関し、ヒトES細胞『胚性幹細胞』を使った器官生成の研究が各国で進んだが、ここでも『胚』という人間になりうる存在に対しての倫理観が問われ、一般浸透には至らず。
そこで自らの器官細胞を保存、培養・生成し移植するとゆう『部分クローン』が完成したが、ある一つの器官からはその器官しか生成できないため、この技術には全ての器官部の細胞保存が必須である。費用の問題から一般浸透せず、先天的障害に関しての問題も解決していない・・・」
セージはイスに背中を預け、ため息の音を『再現』した。
「・・・この件に対し、僕が思う根本的な問題が二つあります・・・」
「何だね」
「〝そこまでして生きたいのかどうか〟・・・」
そこに答えがあるかのように、ガラスの瞳が天井を仰いだ。
「〝どこからどこまでが人間なのか〟・・・の定義」
二人の間に数秒間、気まずい沈黙が流れた。
〝生体を一つも持たない人類――?〟