2-15 花
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作戦開始まで、あと数日――天使の降臨か神の後光のような日差しが、灰白色の雲間から幾筋も放射されている昼。気温は高く、晴れの日よりも空は眩しかった。
「――いない?」
グレイはスラムの基地を訪ね、ミカナスを睨んでいた。その背後では、軍隊ばりの同調で空手の形を練習している民間兵士達の姿がある。グレイが入る前よりは、まぁ統率もきくようになってきた。
ミカナスはと言えば、ピロティの二股の階段、それを正面から見て左側に腰掛けて、質の悪い麻薬の入った煙草を吸っている。目元だけが出る飛行帽のようなものを被っていたが、そのがっちりとした体と鷹揚な態度は、遠くからでもミカナスでしかない。
「そんな怖い顔しなさんな。この建物のどこかにはいるだろう・・・」
民間兵士が、何十にも重なる気合の声を上げた。
アレクが訝しそうな顔をすると、ミカナスは頭上の廊下階段を示した。
「そこを上って、右に。突き当たりの階段を降りれば地下になる。多分、そこだ」
「二階から地下に?」
「文句はリカルトのパトロンに言ってくれ」
「・・・その頭巾は」
「まぁ、一種の〝お洒落〟だ」
アレクは眉間を寄せながら階段を上り、言われたとおりに地下に降りた。
元は何に使われていた部屋なのだろうか。薄暗い階段を降りた先には、天井の低い部屋がある。そしてその床一面に、花畑があった。
外に面した地下なので、部屋はコンクリートの打ちっぱなしだ。それでも淡い光が部屋全体を包み、天井からはカーテンのように光が差している。
ムイはその金色の光の中に佇んでいた。アレクが近づくと彼は微笑した。
足元には名前の分らない花達が無造作に咲いている。壁には亀裂が入ったように蔓が張り、バラが花弁を広げている。もしかすると新種のチューリップかもしれないが、見分けが付かない。
「これは・・・麻薬の類か?」
「ノン。観賞用デス。ワタシガ、オ花好キダカラ」
アレクは天井を見上げ、それが光を通すコンクリートであることに気がついた。スラムにはあまり浸透していないが、デザイン性の高い住宅街や、一部の地下鉄に使われていた素材だ。やはりこの建物は古い。築百年は経っているのかもしれない。
この部屋には、そのまま地上にあがれる入り口らしきものもあった。元は倉庫か、駐車場だったのかもしれない。ムイの側には白いプラスチック製の花車が控え、摘み取られた背の高い花が整列している。
そう言えば表の廃車は錆びていた。どうして土に返らないのだろう?土に埋めていないからなのか。石油燃料車は微生物が好まないのか・・・。
ふと、前回のターゲットを思い出す。アンダラーガ夫人に供えた赤い花束。闇市に流された高級な指輪・・・きっと依頼主が俺を仕事人として選んだのは、俺がターシュイドだから――・・・いや。サロイディじゃなかったから、なのだろう。
「この花は・・・売るのか?」
「ソウ。作戦失敗シタラ、世話スルヒトイナイカラ・・・デモ作戦成功シタラ、沢山オ金入ッテ来ル。ソシタラマタ、オ花作リタイ。ワタシ農家ノ生マレネ。土ハ、好キ」
地方の大陸には、まだ土を耕して生活している部族もいる。メレノバスは香水の原料となる花や、儀式などで使われる木香などの栽培で生計を立てている。どれも一流品ばかりなので、〝香りの民〟と呼ばれるようになったらしい。
「いつか花屋にでもなればいい」
「ソレ、ワタシノ夢ネ」
ムイは花車の内側に入って取っ手を持つと、もう一つの出口を示した。まるで「戦い」という言葉など知らないような穏やかな顔で笑った。
「チョット待ッテテネ。コレ一階ニ上ゲタラ、一緒ニ手合ワセシマショ?」
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