2-13 真珠
入らないと思うよ、とブライアンが言っている間にも、リカルトはテーブルへと視線を戻している。
「あまり戦闘向きではないらしいから、強奪は難しくないんじゃない?この方法で脱出するか、大半は被害者のふりをして過ごすと思う」
「そんなに上手くいくわけがない」
「それが行くんだよ」
アレクはブライアンに振り返った。栗色の瞳が悪戯を企む子供のように笑っている。
「それは・・・お前の後ろにいる黒幕の権力か」
「黒幕?ふふっ。凄いね。やっぱり君を雇ってよかったよ・・・」
ブライアンの笑みに狂気が孕む。
彼もどこか病んでいる・・・いや。いっそ清らか過ぎて、戦いに身をおいてきたアレクの目からは、別の生き物に見えるほど純粋だ。
これで髪が長くて体の線に多少の凹凸があれば、〝かの絵画〟のように風の神が貝の上にいる人物に口笛を吹いている場面を再現してやれるのだが――何せ相手は男だ。それに実際のアレク・グレイリアは、好みの女を見て口笛を吹くような真似は死んでもしない。そんな自分を想像しただけで前頭葉が破裂しそうだ。
「でも、僕が依頼人だっていうのは本当だよ。それに黒幕じゃなくて〝同士〟だ」
「その人物の存在を俺が知らないことで、作戦実行に何らかの支障が起きる可能性は?」
「ない、とは言えない・・・でも、秘密」
ブライアンは微笑を浮べ続けている。
数秒の、精神的な小競り合いと探りあい。
アレクは無言のままブライアンを睨み、そしてテーブルに向き直った。
「続けるよ?あとはエレベーターね。これはダメ。非常時には停止するから。でもVIP用は非常時にも運行するらしい。これは隠し部屋みたいになってて、ほら、ここ。会場の角の柱部分に空洞があるんだ。これは最上階から最下層まで繋がってるみたい。階段は混雑すると思うけど、紛れるなら最適ね」
「VIP用のエレベーターを動かせれば、逃走用にも使えるんじゃないか?」
「ああ、なるほど・・・監視カメラ付いてるのかな・・・ラーヴィーに言っておくよ」
ブルーは旧式の腕時計を覗き込み、「もう行かないと」と言いながら立ち上がった。
「悪いね。あまり時間を食うと疑われてしまう」
「今後も僕をご贔屓に」
リカルトが片手を上げると、ブライアンは苦笑しながら部屋を出て行った。
仕事の都合や立場上、あまりスラムへは出入りはできない。その為に高級ホテルの一室を借り、作戦会議場としたのだった。部屋に居るのは各自の都合上、三人だ。
アレクは床で銀色に反射する物を見つける。シルバー・ロケットの蓋を開けると、そこには儚げに微笑する少女がいた。リカルトがそれを覗き込んでくる。
「ああ、これ。彼のだよ」
こげ茶色のネコ毛に、白い肌。細身の長身。温室育ち特有の優雅で儚げな雰囲気。特殊加工された電子写真は、角度を変えると口角を上げたり、目を細めたりしている。
「妹か・・・」
「そう。いつも大事に持ってるのに・・・僕が渡しておこうか?」
「いや。まだ間に合うだろう」
アレクは早々と部屋から出て行き、ブライアンを追いかけた。
部屋に残ったリカルトは瞬き、意外そうな声で呟いた。
「お優しいこと・・・」




