2-12 呆れ
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「まだ重い」
「文句ばかりを言うな」
「文句じゃない。注文だ」
ファルクは大きなため息を吐くと、面倒くさそうに遮光ゴーグルをかけた。
「足を上げた時に、接続部分への負担が大きい」
「確かに三階から飛び降りるのが日常じゃあ、着地の時の負担はかなりのものだろう。しかし軽くすれば、義足自体がその衝撃に耐えられるかどうか・・・それ以前に、普通なら生身の足の方がイカレてる筈なんだがな・・・」
「筋肉には伸縮性がある」
ファルクは作業を再開しようとして、ふとアレクに振り返った。
「そうか・・・バネだっ。接続部分と足首部分にはもともとバネが付いている。そのバネの強度を上げれば、負担が減るはずだ」
生身に近い接続部分を、何度も改造するのは危険だ。しかしファルクは、そのような心配を一切考えていない様子で顎鬚を撫でた。
「筋肉の作りからすると、ふくらはぎの部分を形成するように、大きなバネがいるのかもしれん。それをサポートするバネをいくつか・・・いや。それよりピストン機器を三重に合わせれば、電気信号で操作が可能・・・大きなネジ状を関節部分で回転させれば、クッション効果で負担はさらに軽く・・・そうなると中身の六十%程度を入れ替えなければならなくなるな・・・完全防水と防腐、防菌、微調整・・・」
アレクは目が回りそうになった。それだけの改造をすれば、一体どれだけの料金がかかると思って呟いているのだ。この機械バカは。
「金がない」
ファルクはふと我に返り、「心配ない」と言った。
「料金の八十%を俺が負担してやろう。そのかわり好きにやらせろ。手は抜かん」
アレクは数秒、無言になった。眉間を寄せる。
「お前は何を考えているんだ・・・八割だと?バカな」
「俺は、俺の頭の中で考えた設計図が、実際に物質化していく工程がたまらなく好きだ。そのための出費は惜しまない。お前の義足は安全かつ、精巧に改善される。他に何か問題があるか?」
「お前を信用できない」
「じゃあ、問題ないな。お前が信用すべきなのは、俺の人格じゃなく、機械屋としての俺の腕だ」
不満そうにアレクが黙っていると、ファルクはとどめを刺した。
「それとも、俺より上等な機械屋を知ってるのか?」
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「パーティー会場は、ダズロン支社・西側の四階だ」
黒髪の男娼は、林檎の香りに似た煙草を吸っていた。
「各階には警備ロボッツが配置されていて、その中にアンドロイドは採用されていない。僕達が出入りできるのは社員用の裏口ね。バーテン、ウエイター、エスコーターも殆どが高級娼人だ。
ロボット使えば効率いいのに、あえて高級娼人を裏方にまで使うのが上流階級の贅沢なんだろうね・・・まぁ、それで僕達の生活があるわけだから、文句なんて言っちゃあ悪いんだろうけど。それに高級娼人って言ったってシティじゃあるまいしっ、せいぜい〝中の上級〟が関の山・・・」
「御託はいい」
「はいはい。ラーヴィーが電気総合局・ダズロン支社にハッキングしてプログラム内部への潜入に成功した。アンドロイドの採用検討で、数ヶ月前から大幅なリストラが決行されてるって前に言ったでしょ?
電気局に元カドケウス社の人間が再就職してて、不当なリストラに腹を立ててたんだ。その人の協力で内部からお招き頂いた、ってわけ。当日の十二時きっかり、ダズロン市の一区間全てが停電する。それと同時にカドケウス社の社内に仕込んでおいた爆弾が爆発。混乱に乗じて、切り込み隊登場~ってわけ」
リカルトは大きなガラステーブルに広げた電光透明版の見取り図を指差しながら、脇道にそれる余談と共に説明をしていた。アレクの氷のごとき冷たい軌道修正など気にしていない様子で、テーブルの上で片胡坐をかいている。
「調理場と洗い場、それから地下の駐車場にも自由に出入りできる。調理場のダストシュートも有効だね。着地するのは地下のゴミ集積場。定期的に回収に来るトラックには専用ロボットが乗ってるらしいけど・・・いや。トラック自体がロボットなんだっけ?」
リカルトが首を捻って振り向くと、真珠貝型のベッドに細身の人物が腰掛けていた。真珠を見立てたシルクのクッションに背凭れ、ブライアンは意味も無く微笑した。
「一応人間も乗れるよ。店員は二名だけど」
「じゃあ無理すれば五人は入るね」