2-11 微炭酸
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ボトルに入った水を差し出したのは、ムイとミカナスと擦れ違いで入ってきたリカルトだった。今日は片耳にカラフルな人工羽毛のピアスをしている。
アレクは無言でボトルを受け取り、木箱の上に座るリカルトを目で追った。
「何?アルコールの方が良かった?」
「いいや・・・」
リカルトは肩を竦めると、ソーダー水を飲み始めた。お互い無言だ。アレクは水分補給をし、部屋に二人きりという状況に気まずさを覚えた。
「お前は・・・」
アレクが言いかけて数秒沈黙すると、リカルトが「何?」と言った。
「お前は、家族を殺されたと言ったな。カドケウス社の実験で」
「そ。僕だけ助かっちゃった」
心なしか普段より固い声のアレクに対し、リカルトの声は素っ気無い。あるいは、それを装っているのかもしれない。
「お前の復讐の相手は誰だ?」
「――どういう意味?」
警戒した猫のような、訝しがる梟を連想させる声だった。
「カドケウス社のどれぐらいの人数が死ねば、お前の復讐は成功したと言える?」
「ああ・・・実験を行ったのは医学班で、カドケウス社に属しているからって、関係ない人物達もいるんだ、ってこと?」
無言の肯定。
それを悟り、一瞬の躊躇い。
「それについては・・・僕は何も考えないようにしてる。これは僕の復讐でもあるし、君の復讐でもあるし、皆の戦いだ・・・・・・」
まだ何か言おうとしているのが分ったので、アレクは視線をそのまま向け続ける。
「――僕は多分、自分一人なら実行はしなかったと思う・・・極力過去のことは忘れて、麻薬さばいて、体売って・・・サロイディ以外の人間なんてそんなもんでしょう?それが道徳的に善いとか悪いとかそうゆうのは無しに。そうしなきゃ生きていけないじゃない?生きることに然程の執着があるわけじゃないけど、だからって死にたいと思ってるわけでもなくて・・・このまま厄介ごとが起こらなければいいけど、機会があれば起こしてみたいとも思った・・・」
雰囲気が変わる。ソーダー水を飲み込むリカルトの喉元が、ごくりと音をたてる。緊張しているのだろうか。
「カドケウス社を怨んでいるのかどうか・・・僕にはよく分からない・・・昔から僕は冷めた奴だったから・・・・・・それでも、あの会社が痛手を負う姿は間近で見てみたいとも思う。医学班の奴らが全員死ねば、そこらへんにいる知らない奴全部引き連れて、奢ってやるぐらいには気分が良くなると思うし・・・」
アレクに警戒しているのか、それとも記憶の蓋を開けることに苦悩か躊躇でもしているのか、慎重に言葉を選んでいるのが分る。うぅん、と唸って、リカルトは頭をかいた。
「結局僕は、憂さ晴らしの相手にカドケウス社を選んだだけなのかもしれないね。復讐っていう名前の、憂さ晴らし。誰かの為じゃなく、自分の為に・・・褒められたことじゃないけど、後悔はしないよ・・・・・・・・・」
リカルトは横目でアレクを見た。
「・・・答えになってた?」
「ああ・・・」
「君のターゲットは、ノイス=シューゼンだけなの?」
「ああ」
一瞬の間。
「そう・・・一緒に頑張ろうね」
「ああ・・・」
何故だか胸の奥に、違和感が残っていた・・・。
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