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リジェネ・スピラー  作者: ジオサイト
26/83

2-09 選択

 アレクは銃弾を避けていた。コンクリートの部屋には、たん、たん、と彼の踊るようなステップだけが響いている。


《――作戦完了。勇者よ、聖者となれ 》


 天啓気取りの文字が脳裏に現れ、風に舞う砂のように消えてゆく。


 場面変化。


 一面に敷き詰められた枯葉の上に、薄気味悪い石像が並んでいる。頭部のない阿修羅の紛いもの、悪魔としかいいようのない醜い〝何か〟の列と、逆さ十字に蝶の標本のように留められた子供・・・。


 ――悪趣味だ。何が面白い?


 どんよりと垂れ込めた暗黒の雲から落雷。閃光。一瞬送れて不快な轟音。三半規管の乱れを自覚し、息を細く吐く。静寂。天から落ちてきた水滴に叩かれ、枯葉が小さく鳴いている。

 雨の匂いがする・・・いや、これは幻臭か。そんな機能はないそうだから、視覚的情報に脳が反応し、記憶が匂いを再現しているのかもしれない。

 骸骨を抱えた聖母風の像、その頭上に爪先から降り立ったのは、男とも女とも形容しがたい裸体だった。その背中から機械補助された暗黒の翼が風を切って広がる。口元から鋭い八重歯が覗いた。


《 あなたは悪魔祓いの神父兵です 》


 アレクは改造銃を振り上げる。視界に腕が見えた。


《――指令。聖女が誘拐されました。生贄になる前に助けだして下さい 》


 閃光と同時に銃弾が発射、目標物(ターゲット)の肩と脇腹、膝に命中(ヒット)。弾けた血は緑色だった。


 場面変化。


 アレクが装着している器具は、数年前に訴訟事件になったゲームセットだ。妄想と現実の差が分からなくなり、本物の銃で死傷者を出すという事件があって以来、販売中止、回収となった物をラーヴィーが闇市で手に入れ、プログラムに手を加えた。


 敵の姿がリアルな映像として見える電子ゴーグルと、発砲音や雑音を聞かせるイヤフォン、各関節には身体運動を読み取る器具がついている。

 アレクの利き腕は右なので、右腕には楯と銃が一体化したような映像操作防具(リモート・シェル)が握られている。黒光りする機器は義足の外面に似た色なので、今のアレクは本格的なサイボーグに見えないこともない。


 片面のムール貝みたいな楯の内側に引き金が備わっていて、それを引くと映像化された弾がゴーグル内の世界で発射される。映像の中では薬莢も飛ぶし、発砲音もする。敵は血を吹くし、改造バージョンは時間がたっても死体が消えない。映像の中で踏んでしまうと関節についた機器に衝撃が走った。

 弾が発射され、目標部まで到達する時間は実弾とほぼ同じ設定だ。パン、と乾いた音がしたころには敵の体から飛沫があがっている。もちろん敵側の攻撃も実戦とさながら。銃はもちろん、体術や剣術を操るステージもある。アレクは乱動(ランダム)・バージョンだ。人種・性別・年齢・戦術が無造作に選出され、予告なしで襲いかかってくる舞台で死響曲(ダンホニー)を舞わなければならない。


 場面変化。


 数多の骸骨兵が這い蹲る跳ね橋を走り、その骨が靴の裏で砕ける音を無視しながら古城へと侵入する。足元に瓦礫の山と、視界の端に鼠。それを追う猫。仄かな黄色い光と高い靴音が近づいて来る。ランプを手に提げた美女が小走りにやって来た。


《ああ、聖者よっ。助けに来てくださったのですねっ》

 ドレスを着た女が両手を広げる。

《どうか、感謝の抱擁をさせて下さい・・・》


《――次の対応選択 ①受ける ②丁重に断る ③その他 (行動入力)》


 アレクは視線を③に移し、《行動選択》《攻撃する》《体術》《蹴り》を迷いなく選択して、女の横っ面を蹴り上げた。高い悲鳴が暗闇に消え、金属を擦り合わせたような不快な声が響いた。


《畜生っ。見破られたかっ》


 〝相手の信頼性を確認もせずに抱きつく浅はかな女が聖女であってたまるか〟


 長い螺旋階段を駆け降りる。壁の蝋燭達が、アレクのいる場所だけを照らしては消えてゆく。地下に到着すると円い広場に明かりが灯った。円形天井には淡い水色とクリーム色を基調とした宗教画が描かれている。雲間に見えるのは天国の門だろうか。


 アレクの価値観からすると、生涯のあとも無縁のものだ。

 三つの古風な扉が目の前に現れ、礼服を着た老人が一礼した。


《質問です。あなたは〝聖者〟ですか?》

《②いいえ、ちがいます》


《質問です。何故ですか》

《③(文字入力)わたしは〝わたし〟だからです》


《わたくしはお客様にお持て成しをする役を担うものです。お酒はいかがですか》


 老人の手には、いつの間にか金色の盆にシャンパンボトルとグラスが現れている。


《②いりません》


《質問です。あなたは神を信じますか?》

《③(文字入力)質問が曖昧です》


《質問を訂正します・・・神父様。あなたは神が全知全能だと信じますか?》


《③(文字入力)それは人それぞれの神によって異なります。そしてわたしは神父ではありません》


《・・・・・・質問です。あなたは世界の平和を望みますか?》

《③(文字入力)興味がありません》


 これから先、性別や年齢、心理状態や善悪を問うもの、性癖の類までを含む五十問の質問が続いた。そして、最終質問――。


《〝世界の平穏″は何によって解決すると思いますか?①愛 ②独裁者による統一 》

《③(文字入力)あなたはどう思いますか?》


《質問にはお答えできません。こちらの質問の答えを入力して下さい》


《③(文字入力)・・・》


 アレクは数秒迷い、最も純粋で残酷で、幼稚な答えを出した。


《全人類の滅亡》


《・・・・・・・・・あなたは神父でも聖者でもありません。しかし〝我々の聖者″になるに相応しい人物だと判断しました。聖女が監禁されているのは『堕天使の間』です。そこに通じるのはこの部屋にある扉の、いずれか一つだけです。道は一度しか開かれません。さぁ、あなたはどの扉を選びますか?》

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