2-08 第四条
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現在セージが住んでいるのは、ベルガが所有している部屋の一室だ。この階は完全にプライベート用で、他の社員の部屋はない。時々会うのは執事型アンドロイドか、メイドロボ。人間ならベルガ博士か、精神科医ぐらいだ。その精神科医も立体映像でしかない。
パシューと音がしてA A A室の扉が開いた。
ベルガ博士は最高級の羽毛の掛け布団の塊に近づいた。こちらに気付いている筈だが、何の反応も示さない。故障ではなく、彼の意思によるものだ。セージが蹲っているクィーンサイズのベッドには、レースのカーテンが下がっている。ベルガ博士の生前の妻の部屋を、そのまま提供してもらったのだ。
彼はこの数日間、一度も睡眠をとっていない。もちろんセージにはベッドも睡眠も必要ない。他の三大欲にしても『再現』はできるが『体感』は出来ないはずだ。錯覚に過ぎないその感覚は、セージの意思によって〝体感再現〟をすることは出来る。
彼に必要ないベッドをベルガが与えたのは、彼の人間的な良心であり、エゴイスティックな思考からでもある。
セージを「人間でない」と言いながらも、人間らしい物質的な施しをしたのは、ベルガ自身が〝人間ではないモノではない〟からだ。
「来週、新支社長就任のパーティーがあるそうだ。気分転換に参加するといい。どんな種類のスーツがいいか選んでくれないか」
「僕は参加しません」
「いつまでも君の存在を秘密にはできないんだよ」
「・・・なぜ他の社員に秘密で、僕を蘇らせたんです」
「それは前にも言っただろう?道徳的、資金、法律上の問題・・・その他微細な問題はいくつかあった・・・しかし、私の寿命も長くは無い。君がいない間に私の権限は皆無に等しくなった・・・私の生きている内に私の理想郷は実現しないだろう・・・だから私は後継者を育てようと思った。君の方が先に死んでしまうのは予想外だったが・・・私をアンドロイドとして蘇らせるには、君が必要なんだ」
「僕はあなたを蘇らせません・・・もし実行すれば、あなたは父をも蘇らせようとするのでしょう?それに殺してくれと言ったって、『四原則』が埋め込まれた状態で蘇っても、第一条に縛られてしまう。あなたがそれを破ることはない・・・もっとも、第一条が僕に該当すればの話ですよね?僕はもう、『人間』ではないのですから・・・それでも蘇ったあなたは、僕を停止させるつもりなんてないんだ・・・」
ベルガが沈黙していると、セージは頭だけを掛け布団の中から出した。
「僕の存在をパーティーで明かせば、僕は危険視されて処分されますか?」
「その可能性が・・・ないとは言えない・・・」
「・・・僕を隅々まで検証してからでしょうね。かつての実験体みたいに・・・」
ベルガはまた、沈黙した。
セージは苦笑まじりの声で言った。
「分かりました。出ましょう・・・」
「セージ・・・会場で奇異な言動をしないと誓ってくれ」
「スーツは適当に準備して下さい。現在の美的センスは分かりませんし・・・僕の身体データがあれば事足りるでしょう?」
「セージ・・・」
「もっとも、今の僕に衣服は必要ないのかもしれませんが――」
「セージ。【命令】だ。当日は目立った行動をせず、生前のままに振舞ってくれ」
一瞬の束縛。それが通り過ぎて解放されたような気もしたが、根底には違和感が残っている。その命令を破る可能性を持つ『第四条』も、虚無感に苛まれる今のセージには、使いこなせない。義務感と諦めが同時に現われ、セージは枕に顔を埋めた。
「分かりました博士殿・・・仰せのままに・・・」
ベルガは視線を逸らした。
「悪かった・・・」
「・・・出て行って下さい・・・」
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