2-02 蘇りし精神
「わたしが君の再生を実行に移したのは、やっと器の方の技術が向上してきたからだ。君は新商品のアンドロイドを見たか?いまだ動きに不自然さが残る所もあるが、それは『人工精神』によるプログラミングの反応が、人間に比べて雑で・・・ああ・・・プログラミングが雑なのではない。
人間の精神構造や思考回路があまりにも複雑すぎる、と言った方がいいだろうか。君の再生が成功した時、君がこの状況に驚愕、もしくは困惑するだろうと予想はしていた。そのため生前の身体データをもとに、その骨格は等身大に形成されている。
その華奢な体つきを再現するまでに幾年かかったか。君がそうやって自然に歩けるまでに、どれだけの費用が使われたか・・・君が望めば今よりももっと人間らしく――、生前の君らしくいられるんだ・・・そうすれば君の心も、少しは救われると思わないか?なぁ、セージ君・・・」
セージは無言のままで博士を見つめた。無表情な仮面についている擬似眼は、透明な部品でできているが、何重にも重なった構造のために半透明だ。それは偶然にも、彼の生前の瞳、澄んだグレーを思わせる色だ。
「あなたが蘇らせたかったのは、本当は僕なんかじゃない・・・」
「・・・何?」
「本当は若き日の奥さんと、僕の父を蘇らせたかったのでしょう?」
博士の顔が動揺でわずかに引きつったように見えた。
「最愛の妻を亡くし、廃人となっていたあなたの心を救ったのは、同僚のクリフォード=サクト。僕の父だ。あなたはいつの間にか、僕の父に友情以上の感情を抱いていた・・・僕を養子として引き取ったのは、単に僕の知能指数が通常の子供よりも高かっただけじゃない。父の血を引いていたからだ・・・」
「なぜ、それを・・・君は・・・」
「父で実験するのは気が引けたし、死体は手に入らなかった。だからあなたは僕を利用したんだ。科学という崇高な大義名分で、僕の命を弄んだ・・・」
その人工の瞳に、感情が篭っているように見えるのは照明の具合か。セージが作り出す人工肉声の声色のためか。はたまた、ベルガの心の奥底に潜む、罪悪とも呼べるやましさからか。
「この体を生前の僕に似せて人間の真似をしてみても、もし僕が『僕であること』を公にしたらどうなります?誰が受け入れてくれるんです?いくら科学や文明が発展したって、人間は人間じゃない者を同等の立場で見ようとはしないっ。
同じ人間の間でも、僕らムーロイディはサロイディに差別されてきたじゃないですかっ。僕が博士の助手として働いてきたのは、博士の『死者を呼び起こす研究』に賛成していたからではありませんっ。ムーロイディーの僕や博士が、歴史的な発明をすることで人種には格差がないことを証明したかったんだっっ。それなのにっ・・・それなのに・・・」
セージは頭を抱えた。今の彼には、掻きむしる髪も爪もない。
「今の僕は、ムーロイディでさえないっ。ムーロイディにさえ差別され、排除の対象とされるんだっっ。今の僕に『人権』は適用されないっ。僕は人間じゃないんだっっ」
泣きそうなセージの声に、ベルガ博士は困惑した。
セージは生前、人前で泣くような人間ではなかった。博士は一度たりとも、セージの涙を見たことが無い。それどころか、彼が声を荒げて感情的になる、という状況にさえ居合わせた記憶が無かった。
「それは・・・今は無理かもしれないが、もう少ししてアンドロイドが一般化すれば、君の存在を世間に発表する機会も出てくる筈だ。いずれは皆が肉体を脱ぎ捨て、アンドロイドの器に住まうことになるかもしれん。精神交換や精神移動を可能とすれば、その器さえいらなくなるんだ。人類は精神だけの存在で、永遠を手に入れる。そんな可能性を秘めているんだよ?」
「永遠の命にどれほどの価値があるというのですか?苦痛しか伴わない永遠を、『いつか来るかもしれない』という可能性を信じて生き続けろと言うのですか?僕独りでっ?」
「いいや。いずれわたしもアイス・メモリーで取り出した精神で、アンドロイドになろうと思っている。その時は、君のお父さんも一緒に・・・」
「止めて下さいっ。あなた一人のわがままで、父の眠りまで妨げないで下さいっ。あなたがやっているのは、生命に対する侮辱以外の何者でもないっ。人権を持たないのに人の感情を持っているロボットッ?そして蘇った三人でどうするんですっ?
四十年という時が流れてはいるが、人間の本質なんて何千年も前から変っていないっ。永遠の命を持つ人間なんて、神か悪魔のどちらかにしか位置づけされないっ。どちらにせよ〝脅威〟か〝崇拝〟とゆう迫害を受けるに決まってるっ。二度も殺されるんだっ。今度はロボットの廃棄と同じようにっっ・・・それなら僕は今すぐ僕の停止を望みますっ。僕を殺して下さいっ」
「まて、セージ君・・・待ちたまえ。落ち着くんだ」
「僕を停止して下さいっ」
「セージ君」
「僕を消去して下さいっ」
「セージッ」
「僕を殺してっっ」
「セージッッ」
セージは大きくよろけた。バランス維持装置が働き、彼の意思とは関係なく体が元に戻る。セージは頭を抱えて嗚咽をもらすと、力なくイスに座りデスクに顔を伏せた。
ベルガ博士が優しく背中をさすると、セージは震える声で言った。
「今の僕には・・・涙を流すことさえ許されないんですね・・・」
「・・・そんなに蘇りたくなかったか?」
セージは無言のまま答えない。




