1ー15 クール
一瞬遅れ、ミカナスが拍手をした。試験の終わりを悟ってラーヴィーが銃をおろす。それとほぼ同時に、ムイは腰にまわした指から長い銀針を遠ざけ、にっこりと笑った。素早く服の中に針を隠す。アレクはそれを見逃さなかった。
「ワタシ、強イ女ノヒト、スキ」
「よく言うわ。手加減したくせに」
ムイは笑いながらピアノから降りた。ミカナスに振り返る。
「気ニイッタ」
「俺もだ・・・ここにいる誰も、不満がある奴はいないな?」
リーダーは辺りを見渡すが、会場はしんと静まり返っている。
「手合わせで冷静になれない奴が、実戦で冷静になれるはずがない。お前等がリーダーなら、命令に従えない者を連れて行くか?」
会場はいっそう静まった。
ラーヴィーは渋々納得した空気を読み取って、カーテンコールのように膝を曲げ、「ラーヴィーでっす」と、おおげさな手振りでお辞儀をした。淡いピンクの髪がかかる顔を上げると、あめ色の目を細めてにっこりと笑う。
「短い間だけど、仲良くしてね?」
ムイとミカナスに『会議室』へ案内される途中、ラーヴィーはアレクの隣を選んで歩いた。前を向いているアレクの顔を明ら様に覗きこんでくる。
「ねぇ、そのかっこいい顔にいくらかかったの?」
アレクは眉間を寄せた。
「意味が分からない」
「フィーのところにいるってことは、あなたも〝お仲間〟じゃないの?」
「俺に仲間はいない」
ラーヴィーは頬を膨らませた。ふと自分の手元を見て、「あっ」と声をあげる。
「ひど~いぃ。この間埋め込んだばっかりだったのにぃ。欠けてるわぁ。時間と体温で色が変化する爪~。高かったのにぃ・・・」
彼女は「ほらぁ」と言いながらアレクに爪を見せた。液体燃料に浮いた油みたいな、マーブル・レインボー色。もしくはブッラク・オパール色の爪だ。
アレクは危険なものではないと判断し、すぐに視線を戻した。ラーヴィーは顔を顰め、不貞腐れた様子だ。
「冷血、冷淡冷淡、無愛想・・・」
「おやまぁ、可哀想に」
「リックゥ~~」
彼女がリカルトに抱きつくと、彼は自分より背が高い女の頭を慣れた様子で撫でた。
「わたし、可愛い?」
「もちろん。特にクリクリ〝おめめ〟がね」
はっ、スカした奴だ、とアレクは思う。
「そうよねっ。わたしって可愛いわよねっ」
ラーヴィーが自分の頬に手を当てている横で、リカルトが睨むようにアレクを見た。
「気が利かない奴だな」
「恋人の営みは他所でやってくれ」
本気でそう思った。アレクにしては『呆れ』という感情の篭った声だったが、無防備にアレクの間合いに入ってきたリカルトは不思議そうに言った。
「恋人?ラーヴィーは妹分だ」
アレクは眉間を寄せた。
「・・・血族という意味か?」
「違うよ。彼女は血の繋がらない妹分で、孤児院の元修道女でもある」
そう言えばヤブ医者――いや。闇医者がそんなことを言っていたか。
「現在も、という意味か?」
「いいや?何年か前に辞めたって聞いてるけど?――ね?」
リカルトはラーヴィーを見た。
「ええ。だってあそこ、新任の神父が人使い荒いんだもの。嫌だって言ってる客もとらせるし。自分の懐に多めに持ってくのよっ。やんなっちゃうっ。フリーの方がだんぜん楽でいいわっ」
多少の困惑。
「それは・・・修道女の格好をした風俗店の話か?」
「いいえ?何も珍しいことじゃないでしょう?孤児院の子供が売られるのは」
「孤児院では戦闘訓練を受けていたと言っていた」
子供に売春をさせたり、兵士や傭兵として訓練して私腹を肥やしている孤児院は少なくない。売春の場合は完全に非合法だが、兵士の訓練は護身術の授業とか、将来就職活動の幅が広がるように、とかいう名目が多いので取締りが難しい。そのどちらかを行っている孤児院は珍しくもないのだが――、
「僕達がいた孤児院は変わってて、どっちもやらされてたんだよ」
リカルトは他人事のように言った。
煙草から、甘い香りの紫煙がのぼっている。
「そう言えば、カドケウス社の新商品って精密なアンドロイドなんでしょう?僕達の仕事とられたらどうする?」
ラーヴィーは小さく肩を窄めて見せた。
「だから壊しに行くんでしょう?」
リカルトは一瞬だけ意外そうに瞬き、悪戯をする子供のように目を細めた。
「楽しくなるといいねぇ」
「制服はあるのかしら?チームのマークとか?」
「チアリーディングじゃないんだから」
「テロリーディング?」
「何それ」
リカルトは微笑った。
今から人を殺す会議が開かれるというのに、彼らの表情は無慈悲というよりは無邪気に見えた。そしてその笑顔の裏に、そこらの大人よりも深い闇があることもアレクは理解している。
この男娼も人形女も、子供のままなのだ。
早くに大人になりすぎて、子供の部分が抜けきらない。
反動か。
トラウマだ。
何かが欠落している。
無駄に持っているのかもしれない。
何かが歪んでいる。
まっすぐ過ぎるのかもしれない。
何かが間違っている。
全てかもしれない。
何かが壊れている。
自分かもしれない。
世界は不完全だ。
それを望んでいるのかもしれない。
神はどうだろう?
その答えは多分、神だけが持っている。




