1ー13 銃声
「何で入りたてのそいつがムイよりも上に立つんだよっ?」
「そうだっ。しかも女が参加するって何だよっ?」
ミカナスは予想していたように目を細めた。
「一つ。ムイは実力を持っているが、言葉が不自由だ。命令する立場に立たせるわけにはいかない。二つ。リカルトはこの作戦に大きく貢献してくれている。奴が作戦に必要だと判断するなら、女でもテストは受けさせる。三つ。グレイはプロの兵士だ。四つ。ノイス=シューゼンに個人的な怨みを抱えている。五つ・・・俺の見立てでは、こいつはムイより三倍強い」
場内がざわついた。
しかしアレクは姿勢も表情も変化させることはない。
一人のムーロイディの青年が、「納得できるかよっ」と叫びながら立ち上がった。彼が折りたたみナイフを広げた瞬間、乾いた音が場内に響く。
横にいたブライアンは、驚愕の顔をすぐに喜びの笑顔へと変化させていった。
青年の強張った視線が、左耳にゆっくりと移動していく・・・輪っかが二連になったピアスのうち、二段目のピアスが音を立てて地面に落ちていた。彼の肩をかすめた横うしろの壁に掛かっていたダーツの真ん中が弾け飛んでいる。
引き金を引いたのはもちろんアレクだ。銃口からうっすらと白い煙があがっている。
アレクは無言のまま、上着の内側に銃をおさめた。
数秒の間、時が止まったようにその場は静寂している。
ムイは無邪気に歓声をあげ、「パレッソ~」と言いながらぱちぱちと拍手をした。彼の故郷あたりの方言だろうか。おそらくは褒め言葉なのだろう。
ミカナスは口元を歪め、青年を見た。
「分かっただろう・・・?」
呆然としている青年は、隣に居る仲間達に促され座った。
ピアノのうしろは大きな扉で、本来はそちらが正門らしい。そのドアの外側で物音がすると、ピロティにいる殆どの者が銃を構えた。ギィィとモンスターの鳴き声のような音で扉が開くと、青白い光に紺色の人影が現れる。
外側には錆びた鎖が何重にも掛かっているようで、それが絡まっているらしい。何とか力ずくで開けようとしているようだが、上手く行かずに苛立っているのが分る。舌打ち。そして蹴りを入れたようだ。不気味な音が室内に響く。面倒くさくなったのか、ドアの隙間から少年が入ってきた。周りからため息が聞こえ、次々に銃がおりる。
「リカルト・・・脅かさないでくれよ」
続いて細身の女が錆びた鎖の下を潜ってくる。腰の辺りが鎖に触れ、「ああっ~」と声をあげると、「もおっ。汚れちゃったじゃないのおっ」と言いながら服を払った。
「僕のせいじゃないよ」
「ちゃんと開けてくれればいいでしょおっ?」
リカルトはため息を吐いて、ミカナス達に気付くと片手を上げた。
「早いな」
「だいぶ近道してきたからね」
「自分で『そっちのドアは開けるな』、って言わなかったか?」
「僕の持物、僕がどうしようと勝手でしょ」
ミカナスは肩を竦めた。扉が閉められる。天井にはいくつかの穴が開いていたので、リカルトは青白い月光に照らされていた。薄らと埃が舞っているのも分かる。女は不機嫌そうな態度で服を払い終えると、ピアノの横まで歩んできた。
「あら?」
女と視線が合い、アレクは眉間を寄せた。ファルクのラボにいた整形女だ。
今日は淡いピンクの髪になっている。アーミーのようなズボンに、ハイヒールブーツ、白いレースがたっぷりと使われたべバロのような布を胸に巻いていて、長いリボンが背中のあたりで結ばれていた。