1ー12 立ち入り禁止地区
他の者達との顔合わせのために、どこか救急車に似ているミカナスのバンに乗ることになった。タイヤが付いているので水素車だろう。うしろのドアを開けると、ワイン用の木箱が大量に積まれている。中身はワインじゃないな、と思いつつも、何も言わずにブライアンの向かいに座った。
外にいるリカルトが、「僕はあとで行くよ」と言ってバイクに跨る。
「もう一人、作戦に必要な奴を連れて来る」
「もう一人?――前に連れてた女のことか」
「そ。篩をかけるのに協力してくれたんだ。その子も実戦の候補にあがってるんだろ?」
座っている時には気付かなかったが、ミカナスはコートと同じ色のロングスカートをはいている。メレノバスの男の民族衣装で、帯かベルトを使ってしめる腰布だ。均整のとれた上半身を見せ、集団で神に捧ぐ舞を踊るさまは、舞踊と体術・戦士の神、ドゥーバーナの化身だ、と、かつては謳われていた。
「分かった。遅れるな」
ミカナスは眉間を寄せ、不満そうにそう返した。
「僕のこと遅刻魔みたいに言うけど、首都との行き来は結構大変なんだよ?」
ミカナスはバンの扉を閉めた。車内は予想していたよりも暗くなる。エンジンがかかると僅かにアレクは驚いた。この独特のエンジン音は、まさか石油だろうか。小さな照明がついて、ブライアンの顔が見えた。視線が合う。
「他の者には僕が依頼人だとは言わないでくれ。まだ試験途中なんだ。落第者が出る」
アレクは無表情のまま言った。
「本当に知られたくないなら、そんな高価な指輪はしない方がいい」
ブライアンは自分の手元を見ながら苦笑した。
「そうか・・・妹の形見だけど・・・うん。しまっておくよ」
連れて来られたのは、スラムの中にある立ち入り禁止区域だった。錆びた金網針がフェンスに張り巡らされている。かなり広範囲を囲んだ空間は誰かの所有地らしく、スラムには珍しく定期的に掃除されている様子が窺えた。
車から降りると、地面は夜でも熱気を含んでいた。アスファルトだ。
「ここらへんの地区は・・・たしか、数十年前に大規模な伝染病が流行った所だろう?一説には、高レベルな放射能汚染のせいで大量の死者が出たと聞いたが・・・」
「まぁ、なに。放射能はただの噂さ。それに小一時間いたからって、ここじゃ銃弾で死ぬことはあっても放射能じゃ死にゃあしない」
ミカナスは二人を案内した。すでに半壊しているコンクリートの廃屋を何軒か横切り、廃車のボンネットや、束になった鉄パイプの上に座っている連中に睨まれる。薬莢と注射器が落ちている場所で『戦争ごっこ』をしている子供を見て、本物の銃で遊んでいることではなく、健康そうなことに少し驚いた。
今までよりは少しマシかと思われる廃屋に入る。元はホテルか上級の貸家らしい。うっすらとアンモニアの匂いがする廊下を歩いていると、小さく話し声が聞こえてきた。廊下にたむろしていた男達が一瞬警戒を見せたが、ミカナスの連れだと分かると道を開ける。
急に視界が開けた。
ピロティのようなので、どうやら裏口から入ってきたらしい。
白人種と黄色人、もしくは白黄混血人系だと思われる青年達が集まっていた。くつろいだ様子で雑談していたが、しんと静まり返る。警戒と殺気が張り詰める。二階に通じる二股の階段と、その廊下からも視線が降って来た。
アレクに恐怖は無い。素人にしてはまぁまぁの反応か、ぐらいの認識である。
ドラム缶を机のかわりにしてトランプをし、ダーツの矢が足りない分を小型ナイフで代用し、当然のように銃の手入れをしているのはアレクと同年代ぐらいの者達だ。
古ぼけたグランドピアノの上に、スタロイディの青年が座っていた。小柄ではあるが体つきはできあがっているので、異常なほど童顔な二十代か三十代なのかもしれない。メレノバスの衣装を着て、衣と同じ黒いサンダルをぶらぶらと揺らしている。破裂しそうな警戒心の中、彼だけが腕輪のついた片手を暢気に上げた。
「ハーイ、ミカナス。オ帰リナサイ。ミスター〝ブルー〟。ハ~イ」
ブライアンは青年に向って、「やぁ、ムイ」と返した。どうやらここでは、〝ブルー″という名前を使っているらしい。
ミカナスは雄雄しい声で言った。
「皆に紹介しておこう。このミッションの作戦構成に関わるブルーと、作戦実行時にメイン・ロードを担当してもらうグレイだ。ムイと数名は彼を援護する形となる。あとでリカルトが作戦に参加する予定の女を連れて来るそうだ。ムイ、世話してやれ」
「アイアイ、サー」
ムイは穏やかに笑いながら敬礼のまねをして見せた。しかしムーロイディの数人が立ち上がり、「ちょっと待てくれよ」と叫んだ。




