1ー11 同盟
「随分と曖昧な話だな」
アレクはブライアンを横目で見た。遠くを見ているブライアンは微笑していたが、さきほどとは違って因縁の含みを内側に隠しているのが分かった。
「それから、俺の下にいるのは素人に毛が生えた程度の民間人だ。俺とムイだけじゃ人数が足りねぇ。付け焼刃でもかまわねぇから指導も頼みたい」
「俺は兵士であって指揮官じゃない。戦闘と戦争は違う」
「てめぇの身を守る最低限の術でいい」
「・・・・・・了解した」
「当日はVIPが訪れる。君達にとっては効果的なんだろう?」
ブライアンが言うと、ミカナスがグラスを揺らしながら答えた。
「まぁな。世間の目が集まる」
「あんたはカドケウス社の何だ?」
ブライアンはこげ茶色の目をアレクに向ける。うすい唇が微笑った。
「敵でもあり、味方でもある・・・そんな存在さ」
「そのミッションが成功しなくても、ノイスを殺してもいいと聞いた」
「ああ。それは確実に、だ。何があっても・・・僕の全財産と命をかけてもね・・・」
アレクはブライアンに同類の〝匂い〟を感じた。
復讐の匂いだ。
「それはこちらも同じだ。途中で作戦変更の命令が下っても、俺はあいつを生かしておくつもりはない。もし俺が奴らの手に落ちたなら、自害する。そちらに迷惑はかけない。紹介料だけエフの口座に入れておいてくれ」
三人がアレクを見た。
楽しげな視線と、意味深な視線と、興味本意な視線だ。
バーテンは調合した酒をシェイクし終え、グラスに透明な酒を注いだ。無数の金箔砂が対流しているグラスをリカルトは受けとると、ブライアンはアレクに言った。
「なぜこの仕事を受けたのか聞いていい?」
「金のため。そして母の復讐のためだ」
「カドケウス社に恨みが?それともノイス個人に?」
「どちらも嫌いだ」
ブライアンの瞳が見開かれ、はじめて狂気をはらんだ笑顔を浮べた。
「君ほどの適役は他にいないようだっ」
「おい、おい。あんまりそんな顔すんなよ。いくら同類見つけたからって、依頼主はもっと整然としてるもんだぜ」
ミカナスが呆れて口を挟む。
「いいじゃないか。もう仲間だろう・・・?」
ブライアンはご機嫌で酒を飲んだ。
数秒の沈黙。
店内の静かなジャズに気が付く。
先ほどの店とは大違いだ。氷が高い音をたてる。ブライアンは目を細め、グラスのふちを噛みながら言った。
「・・・・・・僕の妹は、ノイスにいいようにされて殺された・・・」
アレクの眉がひくりと動く。
「その時ノイスは、すでにカドケウスの社員だった。だから社をあげて隠蔽されたんだ。ノイスの父親はカドケウス社の幹部だ。もともと息子のスキャンダルは潰して回っていたらしいからね・・・ノイスはそういうのの一種の病気だ。きっと初犯じゃない」
だから母とシスター達を殺しても、ノイスは捕まりもせずにひょうひょうとCMに出ることができるのだろう。
酒が不味い。アレクは低い声で言った。
「俺の母親もだ」
ブライアンは見開いた瞳でアレクを見つめた。
「俺の母親も、ノイスにいいようにされて殺された・・・」
アレクは視線を合わせようとはしない。
しかしそれで真実だと悟ったのだろう。
二人は沈黙し、ブライアンは破顔してくつくつと笑い出した。
「まったく、今日は神やら運命やらを信じたくなる日だよ」