1ー10 カウンター席
メレノバスはメロカリナと同じく、山岳に住まう戦闘部族だ。歴史的には最近まで、メロカリナと領地争いをしていた部族である。
メロカリナの住む山岳には、『適温の温泉』や『豊富な果樹林』、『巫女の洞窟』や『神の御使いが住う泉』があるからだ。メロカリナの体質神秘は、これらを所有してきたからだ、と信じられ、だから皆がこれを欲しがり、争った。
しかしそれも、百年ほど前に決着が付いている。もちろんあの四十年前の悲劇以前、メロカリナが他部族に侵略されたことなどなかったから、それまでは最強部族だと思われていたメロカリナは、実質上、色んな物を失った。
アレクの前にウォッカが出された。
優男は穏やかな顔でグラスを持つ。
「よくは分からないが、仲直りの証に乾杯といこうじゃないか。新しい仲間にもね」
ウォッカとシャンパン、ウイスキーのグラスがぶつかってカチン、と音を出す。
「自己紹介といこう。僕の名はブライアン。隣の彼がミカナス。ここに呼び出されたのは君とあと二人。一人はミカナスの右腕、ムイ。彼は基地で留守番中だそうだ。もう一人は少々時間にルーズでね・・・でもまぁ、他の兵士達よりも高額で雇われるだけの仕事はする。君に関しても、エフを信用していないわけではないが、支払いの額が額なものでね。じっくり面接をしたかったんだ」
「しかし、依頼主が兵士と直接接触するのは、あまり利口とは言えない」
ブライアンは意外そうな顔をした。
アレクは続ける。
「戦士の体つきではない。女みたいな指だ。仲介人にしては隙が有りすぎる」
ブライアンは「なるほど」と言って苦笑した。
隣のミカナスも微笑している。
「では、これはどうかな?」
ミカナスが指を鳴らすと、途端にアレクは顔の横で右手を払った。煙草を吸うようにアイスピックの先を掴んでいる。淡い照明の中で、銀色の光が滑らかに反射していた。殺意が無いのは分かっていたので、バーテンの顔は見なかった。
驚愕しているブライアンと、楽しげな顔のミカナスを見る。ミカナスが笑いながら手を払ったので、「失礼しました」と言ってバーテンはアイスピックを引いた。
「合格だ」
アレクは無表情で頷く。
「お詫びです」
バーテンが同じ酒を一杯出した。
ハイヒールブーツ特有の足音が近づいて来る。ブライアンがそれに気付いて、「やぁ」とアレクの肩越しに声をかけた。アレクは椅子をわずかに回転させて振り向く。
「ハァイ」
高級男娼だとすぐに分かった。
細い体を強調したタイトジーンズに、ラビットコートを着ている。色の白いスタロイディか、黒髪の白黄混血だろう。さらさらとした髪はひとめで手入れが行き届いているのが分かる。何より彼の放つ雰囲気は、娼人でしかありえないほど妖艶だった。
自分よりも少し年下だろうか、とアレクは思う。どう見ても十代だが、隣にいるブライアンといい、スタロイディには童顔が多い。そういうアレクもスタロイディの血が入ったターシュイドだが、十人に聞くと十人ともが違う年齢を言い返すほど、年齢不詳な顔らしい。
まぁ、二十歳とはそんなものだろう、とアレクは思っている。
ラビットコートはアレクの隣に立つと、ドンペリニョン・ピンクのサングラスを僅かにずらした。客の肌を傷つけないために深爪してある指には、シルバーリングがはまっている。黒い瞳が興味津々にアレクを観察した。
「――新入り?」
「そう。数分前からね。グレイ、彼はリカルト。裏の社会では顔が利くから、知り合っていて損は無いと思うよ。今回のビジネスでもだいぶ手助けしてもらってる。リカルト、こっちはグレイ。エフが代わりに贈ってきた精鋭さ。今回の件でおおいに活躍してもらおうと思ってる」
「へえ。噂のフィーが紹介したソルジャーか。じゃあメイン・ロードは彼に?」
リカルトは丸椅子に座りながら、「雪溶けの星空」とバーテンに言う。
「そういうことになるだろうね。君も仕事内容はエフから聞いているね?」
「ある物を盗め、としか聞いていない。〝ある物″とは何だ?」
「テープ。もしくはチップだ。それにはカドケウス社の存続がかかっている、重大な証拠が残されている筈だ。ノイス=シューゼンはそれをもとに社の重役をゆすり、幹部の椅子についた・・・と、僕はそう思っている。それを盗んで欲しい」




