1ー09 三日後の九時半
アレクは若者向けの服屋に入った。
壁や天井に宇宙の映像が流れ、頭が痛くなるような曲がかかっている。イグアナみたいな髪形の店員が小刻みに踊っている。手短なところに立っていた立体映像型マネキンのコーディネートに視線をやり、試着室に入った。
ガムをくちゃくちゃと噛んでいる店員が、試着室から出てきたアレクを爪先から舐め見て、「いいね」と半笑いで言った。
笑った意味は分らない。似合っていたのか、その逆なのか・・・今更気付いたが、どうやらこのイグアナ店員は女であるらしいので、単にアレクが好みだったのかもしれない。
「そのまま着て行く」
「まいど」
棚にバンダナが置いてあった。アレクはそれを視線で示す。
「あれもだ」
メロカリナの長いバンダナはべバロと言って、山岳砂漠地帯の強い陽射しから頭部を護るだけでなく、首元にまいて強風から鼻や口を護ったり、金属輪がついている槍の先のような武器を結び敵と戦ったり、また敵を拘束したり、薬草で煮詰めておいて負傷した時の包帯がわりに使ったり、子供や荷物をおぶる時に使ったりする万能の布である。
そのためメロカリナの者は小さい頃からべバロを持ち歩くように教育される。アレクも例外ではなく母親にそう教えられ、最後の尼寺に入るまではバンダナを頭に巻いて暮らしていた。
今でも頭を拘束していないと、何だか落ち着かない・・・。
アレクは新しい服で、店をあとにした。
いかにも小金持ちを専門にした、落ち着いた雰囲気のバー。
そのカウンターに、男が二人座っている。一人はこげ茶色の猫毛を持つ黄色人で、カーキ色のブランドシャツに黒いネクタイをしめている。飲んでいるのはシャンパンだ。
もう一人は白人種で、がっしりとした体つきをしている。鍛えられた筋肉質な身体の線をしている。素肌に海老茶色のジャンパーコートを着ていて、首元に何重もの珠飾りがある。山吹色の長い髪を複雑な三つ編みにしているので、背中から見ると大きな女に見えなくもなかった。
アレクは店の中に入り、すぐにカウンターへと目をやった。手前にいる男の指にルビーの指輪を見つけ、あれが呼び出し人だと気付く。時刻は九時二十九分。カーキ色の細い背中に近づき、無言で隣へと座る。バーテンにウォッカを頼んだ。
「九時半だ・・・」
アレクは独り言のように呟いた。隣の男が指輪をしている方で頬杖をつき、アレクの横顔を見た。女のような優顔がふと笑う。
「君が派遣されたソルジャーだね?エフ本人が来るはずだったけど・・・またはぐらかなさたのかな?それとも君が〝エフ〟?」
「俺はエフじゃない。〝グレイ〟だ」
それがアレクの使っている、仕事用の名前だ。
「グレイ、ねぇ・・・まさか白も黒も決められない、って意味じゃないだろうな?」
スタロイディの横にいた男が言った。アレクは横目をやると、男がこちらに振り向く。
今まで見えなかったが、左側の顔には目の横から首筋にかけて、アンティークの時計の中身みたいな緑色の魔法陣がいくつも彫られていた。
「――グレイリア。風を操る戦いの神の名だ」
「ほおうっ。それは頼もしい。俺達はショルベナーン地区の精鋭を手に入れたらしいぜ。おい、まさかメロカリナの生き残りじゃないだろうな?」
「だとしたらなんだ・・・百年も前に先祖が負けたのをメレノバスは怨むのか?」
三つ編みの男は愉快そうに口元を歪めた。
「いいや。むしろ喜ばしい。まさか生き残りに会えようとはな。これもドゥーバーナ神のお導きだろう。昔の因縁は忘れよう」