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螺旋のカノン   作者: 桜江
一章 
6/69

メイナ・ドフター ―― 五 ――

 

 幌馬車に渡ったトーマは中の賊を細身の剣で薙ぎ払っている。

 

 五体満足である必要はないのでとりあえず無力化し、尋問という名の拷問にかけようとしていたが、賊たちは止める間もなく――その気もないが――次々に自滅していく。

 

 奥歯に仕掛けた毒を噛んで飲み込んでいるようだ。

 せめてもこちらに害のありそうな毒でなくて良かったのが救いではあった。

 

「これは父上に叱られるな。一人も生きていないとは」

 賊の手がかりも意図も掴めず、みすみす全滅させてしまった(メイナに向かった賊も同じだろうとトーマは予想している)のは仕方ないことではあるものの、自分達を侮っていた態度の割にはあっさり自決するこの潔さに不可解なしこりが残った。

 

「ふうん……まあ顔だけでも確認しておくか」

 死んだふりで毒息を吹き掛けられてもかなわないので、先に死んだ者から頭の布を剣先で素早く剥ぎ取っていく。

 

 幌馬車の中はランプもなく、今夜は月明かりもない真闇(しんやみ)の日だが、トーマには関係ない。彼は暗闇でも視える。その瞳に力がある。

 

 暗闇でこそものが見えやすい性質を持っていたので、通常の日の光は彼の目に強すぎる毒になるため普段から色硝子の入った眼鏡を愛用している。

 

「……うっわ、ここまでとはご丁寧なことで」

 賊の顔はどれも潰れていたり、焼け爛れていたりと判別が難しい。身元が割れないようにあえてそうしたのか、そういう傷物を集めたのかはわからないが。

 

 瞳の色に特徴がある場合もあるので、閉じた目を開かせたり、苦悶で開いた目を見たりと一人一人手早く確かめたが、既に白濁していてわからない。毒の効果なのだろう。ちょっとその毒貰えないかなとトーマは思っていた。

 

 せめてもと賊の衣服を探ったり身体的特徴がないかをざっと確認していくが、やはり何も手がかりになりそうなものはない。諦めて幌の外の御者台に出た。二頭の馬がいる。

 

 馬は真闇(しんやみ)でも夜目が利くので、灯りを落としたドフター家の馬車を追うように隣を走っている。

 

 幌馬車の御者だった賊は姉のところに飛んだのを見たのでまあ生きてはいないだろう、とトーマは考える。

「君たちは何もしてないけど、ごめんね」

 呟いたトーマは御者台に足を掛け、手に下げていたまだ血油の残る剣を馬に向かって払った。


 そして、足場を蹴ってドフター家の馬車の屋根に跳び移る。

 

 すぐに幌馬車の馬たちは足並みが崩れた。音もなく二頭の頸から上が落ちてしまっていた。幌馬車は道から逸れていく。しばらく頸のない馬は走り続けるだろう。

 

「おかえり、中はお客様が入ってるから」

 屋根に座っていたメイナがトーマに声をかけた。

「可哀想なことをしたよ」

「そうね、せめて熊の美味しいご飯になるといいよね」

 

 姉の返事にトーマは苦笑する。姉らしいものの言い方だと。人を、敵を排除するのに辛さも罪の意識も今さら持たないけれど、やはり何も悪いことをしていない生き物に手を掛けるのは胸が小さく痛む。

 

 それでもこのまま幌馬車についてこられるのは困るのでここで別れてもらいたかった。

 馬を落ち着かせる術は持っていないし、こちらが立ち止まるのも追っ手の可能性があると危ない。いくらメイナとトーマにそれなりの強さがあろうと、二人で処理しきれない数に包囲されれば逃げられない可能性の方が高い。

 

 メイナとトーマの()()()何があろうと生き残らねばならない。

 

「うちの御者さんは無事かな」

 トーマが言うとメイナは目をぱちぱちさせてその翠の瞳を丸くした。

「あらー」

「ああ、未確認なんですね」

「多分無事よ、真っ直ぐ道を走ってるもの。今見るわ」

 

 二人は屋根から御者台を覗き込む。真っ暗闇の中暢気に鼻歌を歌っている御者がいる。

「あら、ご機嫌で宜しいこと」

 メイナがにこにこと目を細めて言う。

「今回は御者さんは狙われなかったようですね」

 二人は良かった、と胸を撫で下ろして屋根に寝転がる。狙われたとしても腕に覚えのある者しか家人として雇わないので、一方的に守り続ける必要はないのだけれど。

 

 二人はどちらともなく手を繋いだ。お互いが生きている確認のようなものだった。見れば生きていると分かるけれど、襲撃に遭ったり某かの危険を潜り抜けた際にこうして触れあって確かめることは昔から二人に必要な儀式だ。

 

「それで? 先程の話の続きですが、姉上はレオン様をどうするんです? 婚約破棄されちゃいましたけど」

 

 月の消える日は星も見えない。真っ暗な中、密やかに二人は話す。

 

「決まっていた婚約だとしても、仮に今回破棄されていなくとも、わたくしとレオン様は結婚できないもの。トーマだって分かって言ってるでしょ?」

 とく、とく、とメイナは繋いだトーマの手から血が身体を流れ巡るのを感じる。

 

「婚約破棄はともかく、今日パーティーで会う約束はした覚えが一切ないし、手紙があったわけでもない。だからそれについて一方的に怒鳴られるのは……何て言うか……」

「ムカつく?」

「ええ、そうね、とてもムカつくわ」

 メイナは大きく息を吐いた。

 

「今日婚約破棄……いえ解消よね。それを言い渡されることは、ラヒネル紫君(しくん)もレフガー紫君(しくん)も知ってたみたい。トーマも知ってた?」

「まさか! それについては私も聞いてませんよ」

「そうよねえ……何か納得いかないのよねえ」

「まさかとは思いますが、レオン様近辺ですかね」

「ないない! レオン様たちが殺る気ならもっと昔に殺りに来てる。あの方達の性格ならちゃあんと真っ向勝負かなあ」

 

 がばりと起き上がって力説するメイナに、トーマはそれもそうだな、と思い頷いた。

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