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螺旋のカノン   作者: 桜江
一章 
43/69

嵐の前の新月祭  ―― 二 ――

 勢いよく馬車が突然止まった。

 

 あまりにも急に止まったので車内では何事か、すわ襲撃かと王家組は色めき立ったが、扉が開けられた一瞬でそれは収まる。

 

「皆様申し訳ありません、本家より書簡が来まして。問題が起こりそうなため、街道脇にて停車致しました。トーマ様、こちらを」

 

 扉を開けて現れたセレンが手に持っていた筒を渋面のトーマに渡した。

 トーマは筒を開け、中の紙を取り出して眺めると渋面が更に渋くなる。いくら成人しているとはいえまだ十六歳、少年らしい面影も残る顔には似合わぬ悩ましげな表情に王家組は顔を見合わせた。

 

「姉上、姉上……起きてください。姉上……メイナ!」

 トーマの突然の大声に、メイナだけでなく王家組も思わず飛び上がった。

 

「何事!?」

 メイナはきょろきょろと辺りを見回し、車内でこちらに注目している顔を一つ一つ確認すると、トーマに小声で耳打ちする。

「わたくし、いびきは大丈夫だったかしら」

「大丈夫です、それよりこれを。父上からです」

 渡された小さな紙をメイナは食い入るように見る。

 

 そこには箇条書きで『テシー当主直々、ギレッタにて、藍のおまけあり』と書かれていた。

  

「それは俺たちも見ても良いものか?」

 苦虫を噛み潰したような顔を崩さないトーマと、困惑しきりのメイナに好奇心を刺激されたらしいラヒネルがそわそわと問いかけると、どうぞとメイナが紙を渡す。

 

 ラヒネルが読んでいるのをレオンとレフガーが横から覗き込む。三人ともおかしな部分が見当たらず、首を傾げた。

 メイナは苦笑してトーマを見る。

 

「そんな顔をしないのよ、トーマ。皆様、その文には何も含むことございません。そのままの意味ですわね」

 扉の外で控えているセレンにメイナが指示を出した。

 

「セレンごめんなさい、予定通りに進みましょう。ギレッタに勢揃いとは思ってもみなかったからトーマも驚いてるのよ。わたくしたちがワスナに向かっていることだけなぜ知られたのか探ってもらえるようお返事出してもらえるかしら」

 

 鴉に返事を持たせるかそのまま返すかの指示を待っていたセレンは頷いて扉を閉める。

 

「テシーの当主であるユーナス緋君(ひくん)、まあ叔父にあたるのですけれど。この新月の期間にギレッタに既にいらっしゃって、わたくしたちに「ご挨拶」されたいと。そしてそこに藍君(あいくん)の一家も既にいらっしゃると言うことです」

 メイナが座席に座り直し、うんざりとした表情で吐き捨てるように言った。

 

「新月祭に王家御披露目がないからだとしても、なぜこの時期に王都にいないのかしら~」

「しかも御披露目がなくなったのは昨日の朝の内ですよ。とっくにギレッタに向かっていたと言うことです」

「王都の仕事をほっぽりだして? 領内で何かあった可能性もあるから一概にこうとは言えないのだけれど」 

 気をとりなおしたトーマとメイナが話していると馬車が動き出した。


「まあ、とりあえずギレッタまではまだかかりますし」

 とトーマがはあ、と大きくため息を吐くとレオンが腕組みしながら聞いてくる。

「トーマ、お前たちの叔父たちだろう? 何か思うことでもあるのか?」

 ラヒネルは紙をメイナに渡しながらトーマに顔を向け、レフガーもじっと見ている。

 

「姉上と私は、ユーナスと藍君(あいくん)母娘(おやこ)との相性がとても悪いのですよ。レオン様は何度もお会いになってるはずだから、その辺の私たちの関係性は知っているでしょう」

「あんまり記憶にないな」

 

 言われたレオンは眉をしかめて思い出そうとするもいまいち顔が出てこない。レオンはそもそも自分に関わりのない――王家として関わりはある――者を覚える気がないということもあって全く顔と名前が一致しない。

 トーマは内心で『このポンコツめ』と悪態をついた。

 

 ラヒネルはレオンを呆れたように見やって腕をげんこつで小突く。

「ユーナス緋君(ひくん)は若くして当主になられもうずいぶん経つ。新月祭でも王城に必ず顔を出されている。藍君(あいくん)はトーマとメイナのイトコたちだ。特に娘の方はかなりハッキリ物を言う……」

 

「……ああ! 『王家のお飾り候補なんて私は嫌』と俺に面と向かって言った子供か」

 トーマたちの従妹と聞いて思い当たる子供が一人いた。ずいぶん昔、メイナから紹介された時にハッキリ言われたことを思い出す。

 

「そんなこともありましたわね」

 メイナがしみじみと言った。

 

 王城で上級家の子供が一堂に会する機会が五年ほど前に設けられた。

 そこで一応メイナがイトコということでクヤクジャ達をレオンに紹介したのだが、彼女のレオンを見ての第一声がソレだった。

 

 当時のクヤクジャの発言はメイナとレオンの婚約を受けたもので、レオンは意味を重々理解しており無表情で対応したが、メイナは『お前は王家の人間ではないだろう、何を言っているのか』と内心でツッコミを入れていた。

 周囲の大人たちは慌てていたが、まだ成人もしていない少女(こども)の言うこと、と何とか場を取りなしていた。

 

 振り返ればクヤクジャも知っていたのよね。色々な人がわたくしたちの婚約を知っていたのね~、誰もハッキリ言ってくれなかったわ~、と暢気にメイナは思った。

 

「――さて、本当なら襲撃を受けた昨日の今日で。新月祭に寄っている場合ではないですね」

 

 トーマの言葉に、もしや祭に寄らないのかとメイナとレオンが目に見えて意気消沈し、レフガーは苦笑する。

 トーマも苦笑して、ですが、と続ける。

「この人数だと用意せねばならない物が多くなるのでそうもいきません。今晩からは街道宿にも泊まります。そこで――」

 

 トーマは腰のポーチから茶色の液体の入った小瓶を二つ取り出すと、レオンとラヒネルに渡す。

「銀髪は目立ちます。特にレオン様の髪色は王家の人間によくある色味です。水に濡れたり強く擦ると取れてしまうので昨夜はお渡ししませんでしたが、お二人には染め粉をお渡しします。町に着いたらそれで染めて頂きます。良いですね?」

 

 二人が小瓶を手に取り面白そうに眺めている。

「昨夜打ち合わせた通り、私たちは王都からワスナに買い付けに行く商会の一団です。今から敬称は付けませんよ、いいですね? 私と姉上は商会の買人見習い、セレンとレフガーとレオンは付いてきた従業員、ラヒネルは護衛です」

 

 全員がこくこく頷くのを見て、トーマも頷いた。

 

 そしてほどなく馬車は新月祭で賑わう、テシー領リグチの町に到着する。

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