ドフターの狂信 ―― 三 ――
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かつてこの国が名もない広い広い大陸の欠片のひとつであった頃、多種多様な姿の種族が存在していた。
それらは混じって暮らすうち、自身の種族こそ血脈こそ正統である、自らが大陸の覇者であると声高く叫び始めた。そうしてそれらの肉と欲による醜い争いの火種は飛び火し大火となり炎となって大陸全土を嘗めつくし蹂躙するまでになった。
大神はそれを天から見て大いに嘆き、自分の作り出した者達がまた愚かな考えに陥ることのないよう、守護するものを夫婦の双月に産み落とさせ監視させることにした。再び争いが起きた時には自分の力を以て彼等に罰を与えるために。
夕暮れ時に双月から生まれ落ちた双頭の大蛇がその監視者である。
この大蛇は古の民の血に入り、人心が乱れ、土地が荒れ、国に民の苦渋の血が流れれば監視者は姿を現す。大神の力を以て執行者となり、全ての命をその地に均し双月へと還るであろう、とドフターでは伝わっている。
このおとぎ話のような国の成り立ちは真実だ。決して伝説や神話の類いではない。
同じ種族が血で血を洗う時、民が虐げられ続けた時、国が荒れた時、大蛇が顕現し国を更地に人は消失するだろうというのは『予言』ではなく『確定事項』だ。
ドフター家はそれを秘匿しているわけではないために、『ドフターは大神が定めし国の番人』であることを過去に都合が悪いとして民に隠蔽した者達がいた。
それが今より数百年昔の王家とイステル国教会である。王家は彼らに縛られぬドフターを疎み、国教会は信仰の要である双頭の大蛇がドフターの始祖ということで、国民の信仰心が国教会よりドフターに移るのを嫌ったためだ。
そのためドフターとの間に軋轢が生まれたが、折しも当時は国も人心も荒れており、当代のドフターから双頭の大蛇が現れたという。
その後無事問題は解決し、ドフターが国の監視者であることを目の当たりにした王家と国教会は秘密裏非公式の会議を三首で行った。
そこで話し合われたのは各々の魂胆や思惑の多く入ったもので、王家と国教会としては表向きドフターは監視者であると公言しないこと、ドフターは各家での教育――王家紫君は後継に、緋君藍君はドフターに入る際もしくは成人後、他必要に応じ国の真実を伝える――を為すことと、国のものではあるが、王家のものではない。故に国の理に背くことはないが王家ならびに他家の誰にも制限制約を課されることはないことを確約させ、三首合意が成された。
ドフターとしては王家や国教会がその立場や権威を失おうと、権勢を振るおうとどうでもいい。階級撤廃も国が乱れないならば好きにしたら良いという考えだ。同属同士血で血を洗うようなことさえなければ良い。荒れれば大蛇がたちまちのうちに顕れ国を呑み込み終わるだけだ。
大神の慈悲として国が機能しなくなるほどに荒れる前に、印を持つ双子が生まれ国を監視させ良い方に導く。
――これが王家すら縛れないと言わしめた真実である。
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「と、言うわけで今代の双頭の大蛇は緋月である姉上と藍月の私なのですよ」
「……は?」
「待て待て待て待て……ドフター弟よ、最初からずっとおかしいのだが?」
トーマの言葉にレオンは眉をしかめ、ラヒネルは頭を抱えた。
メイナが片手を頬に添え小首を傾げる。
「最初から、ですか。ということはこの国の成り立ちからですわねえ」
「イステル、大陸の欠片、国はたくさん?」
レフガーの言葉にメイナは頷く。不思議そうな顔でこちらを見るレフガーに、ドフターで伝えられていることと他家では内容がかなり違うのだろうとメイナとトーマは思った。
「そうです、そもそも成り立ちとしてわたくし達の国は欠片の一つ。わたくし達がおとぎ話で読むような種族が混じって暮らしていたのだとか」
「不思議な術を使ったり翼があったり獣であったり尾があるような、か?」
レオンが難しい顔で問う。
「――おそらくは? だってわたくしも実際この国以外よ国や人というのを見たことはありませんもの」
メイナはふふふと含み笑う。
他に国があると言ってもこの国からは出られない。大神によって結界が張られていると言われている。
他種族同士の争いの結果、同種同士で仲良くしていればいいという大神の思し召しかもしれない。
他国があると知り見に行った者は過去にたくさんいただろう。帰ってきた、他国を見てきたという話は一向に聞かない。他国を書いた書籍も逆に他国からのものもない。
ただどうしても向こう側には行けないという話が残っているだけだ。国の周囲はぐるりと険しい山。大河の流れ着く先は南西の端、端は滝になっていてそこから落ちて終わりだ。滝の底はない。やはり落ちて戻った話は聞かない。
神のおわす天があるように、滝の底には魔が棲むと言うのでそこに行き着くのかもしれない。
「ですからわたくし達はこの国しか知らず、出ることはかないません。本当に昔話ですわよね。伝説、神話、お伽話。その呼ばれ方は何であれ、謂れは本物で真実です。わたくしとトーマはそう知っているのですもの」
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