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螺旋のカノン   作者: 桜江
一章 
30/69

ドフターの狂信  ―― 一 ――

 八人乗り箱馬車内の空気は重い。


 元々微妙な空気だった上、セレンが出発前投げた言葉、出発後メイナを膝に乗せようとするレフガーと、それを嗜めるトーマの二人に挟まれた彼女はよく分からない圧を両端から感じている。


 更に目の前でずっと苦笑いしているラヒネルはともかく、イライラを隠さず組んだ脚先を小刻みに揺らして窓の外を眺めているレオンからも圧を感じていたたまれない。


 ――そうよ、なぜレオン様がこの場にいるのかしら。メイナはレオンが窓の外を見ているせいで新月の光あふれる眩しい車内で物思った。


「いや済まなかった、ドフター姉よ。王から直々にドフター家に避難せよとの仰せで、俺達もよく分からんのだ」

「カラス来た、手紙きた」

 メイナの気持ちを汲んでか謝罪するラヒネルと、鳥について説明するレフガーで少し息が楽になる。


 階級持ちは基本的に鳥を使って書簡などをやり取りする。荷物があれば馬を使うこともあるが、馬は賊に狙われやすい。

 各家で仕込んだ帰巣本能の強い鳩や頭の良い鴉、言葉を覚える鸚鵡などを伝書鳥として使う。


 ドフター家が使う鳥は大鴉。身体も大きく速い種だ。子供の身丈ほどあり翼を広げれば大人二人分になる。同属同種との連携が得意なため、書簡は鳥同士の受け渡し方式を取る。


 鳥と侮るなかれ、人では国の端から端を数ヶ月かかるところを数日で届けることができる。但し大鴉は扱い方が難しく慣らすまでに相当かかるために敬遠されがちで、小型の鳩が一般的だ。鸚鵡は人の声真似をするので、遠く離れた家族への連絡向けに好まれる。


「うちの鳥かしら。だとしたら凄いわね」

「さすがにうちの鴉でもそこまでは無理でしょう。父上は私の準備終了くらいに飛ばされてましたし」


「ドフターの大鴉ではなかったな。王様のもとに届いたのは間違いないが」

「まあ鴉ならあちこちで使われてるから不思議ではないわよねえ」


「しかしうちに避難せよ、ということは何らかの襲撃予告の報告でもあったんですかね?」

「……青の宮殿で王族の御披露目をするなら襲撃する、と王に直接(・・)届いた」

 トーマが不思議がって言うと、窓の外を見たままレオンが答える。


「直接……それは鴉が襲撃予告を運んだと?」

「ああ」

 トーマが疑うように言うと、レオンはぶっきらぼうに返した。ラヒネルがレオンを小突きながら言う。

「俺達が実際に鴉の書簡を見たわけではない。見たのは王様と専属側仕えのアヌキラだけだ。すぐにレオンに連絡が来て、それで取るものもとりあえずドフターに馬を走らせてきた」


「鴉なんてすぐに誰が飛ばしたか分かるだろうに」

「トーマ、実はそれがそうでもない。お前達の使う大鴉となると特定は確かに簡単だが、今回はただの鴉だ。ご丁寧にも帰巣本能は壊して届けるだけの特攻用に躾られてるやつだ」


「なるほど、それはそれは準備万端ですね」

「……でもなぜ王様はうち(ドフター)に避難と仰ったのかしら。わたくし達、婚約も破棄? されておりますし? もうレオン様をお守りするお役目も外されたと思っておりますのよ~」

 ほほほほ、とメイナが高笑いをする。レフガーはニコニコとメイナの頭を撫でた。


 外を見ていたレオンがぐりんと勢いよく首をこちらに向けたので、メイナは思わずおののいてお尻で後ろに下がる。もちろんすぐ背もたれにぶつかって後頭部を馬車の壁にしたたか打ち付けた。


「メイナ! 俺はお前に守ってもらわなきゃならないほど弱くない!」

「――はあ? 誰が弱くない? 姉上がどれだけお強いかわかってらっしゃらないと。――へえ?」

 メイナではなくその左隣、トーマが腹の底から冷えるような声音で言い返した。メイナはいけいけ! と応援している。


 ラヒネルは内心で頭を抱えた。こいつらは何で集まるとこうなるんだ、と。

「やめろよお前達、皆成人済みだろ? 大人だ、大人らしく話そう、な?」

 もうこんなこと言ってる時点で大人じゃないんだがなあとラヒネルは思いながらも宥める。


「レオンは言い方、な? ドフター弟は落ち着け、姉は喧嘩を売るな。レフガーはドフター姉弟を止めろ」

 全員がとりあえず頷くのを見渡してラヒネルが疲れた声で聞いた。


「――で、一体ドフター姉弟はどこに行くつもりなんだ」

「ワスナ地方ですわ~」

「ワスナ!?」

 レオンがあまりにも大きな声を出したので隣のラヒネルが耳を押さえた。


「ワスナに何の用があって行くんだ? イヒト紫君(しくん)……お祖父様も昨夜ワスナに戻ったと聞いたぞ」

「まあ、イヒト紫君(しくん)も? トーマ、どうしましょう? お父様の書簡が行き違いになりそうね」

「多分大丈夫でしょう」

「だからなぜお前らがワスナに行くんだと聞いている!」

 レオンがまたイライラし始めたのを見てメイナはため息をつく。


「真面目に返しますと、ワスナ地方が危ういと思ったからです。現在王都で流行っている『宝石』という美しい鉱石をご存知ですか? 簡単に言えばその鉱石の出所を確かめに行くんです」

 メイナが説明するとトーマも続けた。


「今朝方、王様が痴情の縺れ(・・・・・)から襲撃されましたね。その犯人が持っていた首飾りの石にはワスナ地方にしかいないと言われる虫の死骸が入っていました。恐らく鉱脈に入り込んでそのまま石に呑まれたものと思われます。ワスナ地方にしかいない虫がテゼーの鉱山まで鉱脈に乗れるかどうか」


「父上の痴情の縺れ……」

「王様の痴情の縺れ」

 片や驚き、片や呆れに満ちた声で同時に言葉が呟かれた。

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