商人と宝石鉱山 ―― 三 ――
「有名な商会が、近頃は宝石を掘り出し加工しさらに大きくなって。その商会の者が、藍君のおじ様……というか商会ができた頃からのお付き合いだそうですよ」
「……あー、その商会の名は」
「ミレー商会ですお父様」
はああああ、テゼーと言えばミレー商会だよなあ、と大きなため息を吐いて突っ伏した父親の背をメイナはとんとんと宥めるように叩いた。
* * * * *
真闇の日の少し前、メイナは緋君の祖母が住む別邸を訪ねていた。もちろん叔母のグレイシアと従妹のクヤクジャも当然のようにいる。
天気も良いので、祖母が側仕えと共に丹精した庭を見ながら四人でお茶を飲み、毒にも薬にもならぬ会話が一段落ついた頃。グレイシアとクヤクジャはメイナに自慢するため、箱入りで用意されたものを自分の側仕えに持って来させた。
箱の造作はクヤクジャ好みの可愛らしい花柄が描かれていた。彼女が手を顔の横に上げ、指先を軽く振ると側仕えは恭しくその箱の蓋を取った。
「まあ……!」
蓋くらい自分で開けたら~と内心毒づいていたメイナも、蓋が開かれ耳飾り、首飾り、指輪、足飾りの四点一揃えが入っているのを見て感嘆の声を上げた。箱と蓋の内側は、石が傷つかないように長毛種であろう動物の白毛で覆われているのもこだわりと高級さを感じられる。
だがやはりこの装飾品だ。一揃えとなるとデザインが統一されていて見応えがある。何時間見ていても飽きなさそうだとメイナはそっと嘆息した。
特に目立つ首飾りはよく見る小さなモチーフのあるトップではなく、繊細なレースのように見える豪華な意匠、肩先から胸元まで全て飾り立てるように作られていて見事だ。
「ね、素敵でしょう? 今度の前夜祭で宮殿に呼ばれたら着けていこうかしらと思って」
メイナの二つ歳下であるクヤクジャが、椿油を付けすぎてギトギトと輝く濃い金髪をかきあげ、ねっとりと濃く紅の塗られた唇を弧にして言った。
――付けすぎだわ~匂いがキツいわ~化粧が濃いわ~
メイナは自分もギトギトベタベタしているようで早く帰りたくなったが、世間様の情報を得るためにもがんばれわたくし! と気合いを入れ直した。
情報は大事だ。いかなメイナも夜会やパーティーで飲み食いするだけではない。人と会話することもある。そのためには最新情報を仕入れねばならない。
だが集めるためにはお茶会等に何度も通う羽目になるのだ。叔母と従妹ほどではないが、もう少しマシになったようなのと何度もやり取りするくらいなら、キツいの一発で済ましたい。情報は仕入れて損はないのだから今我慢すれば後が楽!
これがメイナの持論である。仲の良い同性の友人もいないわけではないが、情報に疎い類友ばかりだ。
「この耳飾りはね、私の色なんですって。飴茶色で猫の目みたいな縦線があるでしょう? 仔猫ちゃんにはぴったりだよって頂いたのよ」
メイナは思考を違うところに飛ばしていたので、突然耳にとんでもない単語が飛び込み、含んでいたお茶を噴きそうになったがすんでのところでなんとか堪えた。耐えきった。
「……こ、仔猫。そう、こ、……そう。素敵よね、こね。ええ」
仔猫というよりは仔獅子よね~と内心で毒づく。
クヤクジャの瞳は暗い飴茶色で綺麗だがよくある色味でもある。
この耳飾りの石はその色味の中に真っ直ぐ黄色と黒の細い線が入っていて興味を引かれる。これを君の瞳だと言われれば確かに舞い上がり嬉しくもなるだろう。
「確かに線が入っていて猫目みたいねえ。貴重な石なの?」
メイナの問いに叔母のグレイシアが横から口を出した。
「そうよ。深く掘っても滅多に取れないらしいわ。商会長はうちと長いお付き合いですもの、特別に譲って頂けたの。商会は王家御用達の名前もあるし、この石もかの商会が独占なのですよ」
メイナが珍しく素直に褒めたことで気を良くしたのか、グレイシアが鼻を高くし口が軽くなる。
「御用達ということはミレー商会ですか? 独占とは凄いですね」
「……そうよ。あら、知ってたのね。そういうところも姉さまに似て可愛くないわね。――まあいいわ、石を見つけて加工する技術があるのがミレー商会だけなの」
「そんな貴重な石を……さすが上級家で一番のお金持ちと言われる藍君のお家ですわね~」
メイナの全く気持ちが込もっていないおべっかに、叔母はとても機嫌がよくなる。
「でしょう? しかもこれらの石をね『宝石』と呼ぶのだそうよ。これから先この宝石をたくさん持つことが私たちの嗜みであり富の証となるのですって。王都の上級家や縁戚のご婦人方はこぞって買い付けているそうよ、商会も忙しくて手が足りないとか」
グレイシアはにっこり微笑む。
「その一揃えはクヤクジャの嫁入り道具なの。家宝にしても良いぐらい質のよい宝石だと商会長は仰ってるのよ」
「よめいりどうぐ」
思わず繰り返した単語にメイナはまずい、クヤクジャとトーマの婚約押せ押せタイムの始まりだわ~どう切り抜けようかしら~と考えたその時、この別邸の側仕えが数人わあわあ何事か言いながら慌ててこちらに向かってくるのが見えた。
「何事かしら?」
祖母が腰を少し浮かせると眉をしかめて騒ぐ声のする方を見た。